銀幕で一目惚れ

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銀幕で一目惚れ

家に帰ると、僕は勉強もそこそこに『東京物語』を観始めた。 はっきり言って退屈だった。眠くなってきた。 居間で観ていたのだが、祖母が姿を現し、 「あら!懐かしいわ」 と言って、途中から鑑賞に加わった。 この作品を選んで来たことを後悔し始めた頃、僕は、山岡先生と出会った時にも似た衝撃を受けた。 原節子。 名前は聞いたことがあったけれど、何て美しい女性なんだろう。 欧米人みたいに彫りの深い顔立ち、控え目な雰囲気。 僕はすっかり惹き込まれてしまった。 原節子。この昔の女優のことしか頭に残らなかった。 部活の日、僕は胸踊らせて『東京物語』のDVDを持って行った。 「おお!秋村。お前、なかなか玄人好みじゃん!生意気!」 二年生の小林学先輩が僕にニヤリと笑いかけた。 「映画研究会」というだけあって、部員の殆どは映画オタク。僕が全く知らない古典的名作は鑑賞済みなのだ。 「いや、せ、先輩。僕、昔の映画、よく知らなくて。少し勉強しようかなって」 不純な動機でチョイスした後ろめたさから、声が震えた。 映画を観終えた。 暫し教室が静まり返る。 「いやー。やっぱり小津はいいなあ」 小林先輩が第一声を発した。 僕の頭の中は原節子でいっぱいだった。 次の週、『東京物語』の感想を語り合った。 皆、カメラアングルがどうだとか、笠智衆の演技がどうだとか、僕にはよく解らないことを話している。 「で、この作品の提供者、秋村君の感想は?」 先生が僕に話を振ってきた。 僕は慌てた。 「は、はい。あの……。は、原節子が良かったです」 それしか言えなかった。 「はあ?秋村ちゃん、感想はそれだけ?原節子がいいなんてのは、当たり前。作品以前の問題。何か他に言うことないの?」 「い、いや、綺麗な女優さんだなって……」 「だはは、君はまだまだお子ちゃまだね。もっと、こう、深く味わうってことを覚えなきゃなあ」 小林先輩の上から目線が伝わって来る。 「はい!はい!小林君、そこまで。自分が沢山観ているからって傲慢な態度を取るのは、どうなのかな?この研究会は、映画を楽しむのが基本。色んな感想があっていいでしょう?」 先生が助け舟を出してくれた。 部活が終わって、僕は肩を落として帰宅した。 小林先輩の言う通りだ。 不純な動機で入会して、不純な動機で選んだ作品。作品を深く味わうなんて無理だったのだ。
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