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膨らむ妄想
暗い道を歩いていた。
僕は何かに足を取られて転んだ。
立ち上がろうとしたけど立ち上がれない。
「大丈夫?」
聞き覚えのある声がして、
髪を撫でられる感触がした。
見上げると、山岡先生が僕の頭にそっと手を当てていた。
先生……と言いかけたが、声が出ない。
「いいのよ。何も言わないで。ゆっくりお休みなさい」
僕は先生の膝枕でまどろんだ。
「ふふ。まあ、かわいそうに。ゆっくりなさって」
今度は違う声が聞こえた。
顔を上げると、目の前で、原節子が僕に微笑みかけた。
いつの間にか、山岡先生と原節子が入れ替わっていた。
僕の心臓は破れそうになった。
目が醒めた。夢だった。
じっとり汗をかいていた。
台所に下りて、水を一杯飲んだ。
勉強も部活もそれなりに順調。僕は自分でもバランスの取れた人間だから、大きく道を外すことはない。
それでも時々、こんな夢が僕の小さな心臓を悩ませた。
クラスメートの男子たちの好みも様々。
SJK20とかHHB31とか可愛い同世代のアイドルグループが好きな奴らから、女子アナや熟女系タレント好みの奴らまでいた。
「秋村はさあ、誰が好き?」
弁当を食べている時、隣の席の川越雅志が訊いてきた。
「うん。原節子」
「誰だよ、それ?」
「昔の女優だよ。昭和の」
「ふーん……」
川越は興味なさげに箸を動かした。
原節子が好きなのは勿論だけど、現実の世界で好きなのは山岡先生だ。だけど、これは絶対誰にも知られたくない。
僕には妄想癖があった。妄想癖は、僕の育ち方も原因かも知れない。
幼い頃亡くなった両親が、実は死んでいなくて、離婚したんだという妄想、妄想は妄想を呼び、離婚原因は、父の浮気。離婚した後、母には新しい相手ができて再婚。祖父母がそれを認めず、僕を引き取った。
家には両親の写真がなかった。僕も敢えて祖父母に訊ねることもしなかった。顔も記憶にない両親。妄想の中で触れるしかなかった。
僕の妄想に山岡先生と原節子が加わった。
何年先か分からないけど、社会人になった僕が、先生に告白して、熱いファーストキスを交わす妄想。
「秋村君……。ああ、もう、秋村君なんて呼ばなくていいのよね。直哉君」
「直哉って呼んでよ。僕も先生なんて呼ばない。真由美って呼ぶ」
勉強の合間に僕はそんな妄想を繰り返していた。
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