1/1
前へ
/11ページ
次へ

僕は高校三年生になっていた。 進学校だから、二年の二学期あたりからは、部活に力を入れる生徒は激減する。 「映画研究会」も一年生が中心になり活動していた。 それでも時おり息抜きも兼ねて顔出しした。 十一月の初め、久しぶりに覗くと、先生と五組の矢島みのりさんがいた。 「あら、秋村君、珍しい。その顔なら勉強の方は順調そうね」 「はい。どうにか。今日は息抜きに来てみました」 「そう。今日はね、矢島さんご推薦の『ラブ・アクチュアリー』観る事になったの。クリスマスも近いしね」 『ラブ・アクチュアリー』僕は観ていないけど、今世紀初めのイギリス映画。クリスマスを背景に幾つかのラブストーリーを描いた作品だというのは知っていた。 同じ三年の矢島さんがいるのが少し気になった。自分で言うのもおかしいが、僕は要領良く学校のテストも模試もこなしているけど、普通は映画なんか観ていられる時期ではない。 『ラブ・アクチュアリー』を初めて観た。クリスマスを巡る群像劇。涙あり笑いありで楽しめた。息抜きにはちょうど良かった。矢島さんも息抜きしたかったのだろうか。 帰りは矢島さんと途中まで一緒だった。 「映画研究会」の影響で、「ネオリアリズム」にハマった矢島さん。結構面白い女の子だったけど、今日は浮かぬ顔で、映画の途中から目に涙を浮かべていた。確かに泣けるシーンもあるけど、あまりに深刻な表情なのが引っかかった。 「面白かったね。いいの紹介してもらったよ。こんなふうに息抜きしないと頭パンクしちゃうしさ」 「私は、もう既にパンクしてるの」 矢島さんが遠い目をして答えた。 「秋村君は、頭がいいから、ずっと一組だから分からないだろうけど、私みたいな五組はもう絶望的。お兄ちゃんと比較されるし、模試もメタメタだし。もっと分相応な高校行ってれば良かった。偏差値ギリギリだったのを無理したんだから、しょうがないよね」 無理に笑顔を作る矢島さんが痛々しかった。 確かに ここの高校には厳しい現実がある。入試の際の成績で入学時から一組から五組までの順でランクづけされてしまうのだ。 矢島さんは、お兄さんは都立の進学校を経て、今は有名国立大学に通っているらしく、両親に何かと比較されるらしい。 「人生なかなか思うようにはいかないよね」 そう言う矢島さん。小柄な体がいつもにも増して小さく見えた。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加