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第一章 歩
第一話
銀を左前にひとつ動かして、柳小路成は詰めていた息を吐いた。大して良くもないが、そう悪くない手だろう。
しかし、目の前に座った従兄からすれば、どうやらかなり酷い手だったらしい。
「成、おまえさぁ。」
従兄の―――河埜里弓の地を這うような低い声に、成はビクッと肩を竦めた。
「何、今の。これ、どういうつもり?」
里弓から冷たく問われ、成は顔を上げられず、盤面に目を落としたまましどろもどろに答える。
「え、里弓兄がこう来たら―――」
「そんな所、打たねぇ。」
説明している途中で、里弓から容赦なくバッサリと切り捨てられた。ここで口答えせずに謝っておけば良いものを、成の性格ではそれが難しく、反射的に口が開く。
「でも―――、ここは止めておいた方が、」
「でも、じゃねえ。無意味。ムダな手、打ってんじゃねぇ。考えろよ。俺がここに打ったら、」
里弓が歩をひとつ前に進めただけで、盤面がガラリと変わった。即座に自分の失敗に気付いて、サッと血の気がひく。
「七手先には王手だ。逃げ切れねぇだろ。よくそんなんでプロになろうとしてるよなぁ。おまえ。」
ぐぅっ―――と、喉の奥が詰まった。反発の言葉が出そうになるが、イージーミスに何も言い返せない。
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