366人が本棚に入れています
本棚に追加
/90ページ
バイトが終わると、その足で稔さんの家に向かう為にスマホを取り出す。
今日は日勤で夜には家にいるはずだった。
僕は慣れてしまったから良いものの、側からみればやっぱりストーカーのように感じる。
あんまりにも続くようなら、さすがに問い詰められてしまうだろう。それに、稔さんの職場の人たちにも怪しまれてしまいそうだ。
もしかしたら、すでに気づかれているかもしれないけど……。
「玲くん」
まさかの声に驚いて顔をあげる。今まさに会いにいこうと思っていた、男が目の前に現れる。
「……稔さん」
僕は呆然として、スマホを持った手を下ろす。
「今日久々のバイトでしょ? 心配になっちゃって」
迎えに来たんだよと、付け足して稔さんが微笑む。
「稔さん……話があるんです」
僕は緊張で、少し声が上ずってしまう。
「僕も話があるんだ。ちょうどよかった」
そう言って、僕の手を握るとアパートに向かって歩きだす。
見られたらまずいなという気持ちもあった。それ以上に、なんて言えばバイト先に来るのを止めてもらえるか、そのことが頭の中を占めていた。
「玲くん。思い悩んだ顔をしてるね。僕のこと?」
稔さんが沈んだ声で、図星をついてくる。
「稔さん……バイト先の人に稔さんの事を不思議に思っている人がいるんです」
ストーカーと疑っているんですよと、率直に言えるほど僕の肝は座っていなかった。
「僕がいるときばかり、お店に来るからって……」
稔さんの歩みが止まる。
僕も、歩みを止めて稔さんを見上げる。
暗い夜道で稔さんの表情がいまいち分かりにくい。
逆ギレされたらどうしようと、少しだけ不安に駆られる。
「迷惑かけるつもりはないと言いながら、迷惑かけてしまっていたんだね。ごめん」
稔さんの沈痛な声音が、住宅街に静かに響く。僕は少しだけ、ホッとする。
「自分でもいけないことだと分かってる。でも、君のことが心配でね」
再び、歩みを進める。僕は複雑な気持ちで、稔さんの手を握り返す。
最初のコメントを投稿しよう!