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夕暮れ時の校舎前は人も多く、僕はわかりやすいように正門前に立ち、連絡しようとスマホを取り出す。
「玲くん」
僕の講義の時間まで把握していたのか、それともずっと待っていたのか。稔さんが近づいてくる。
季節はすっかり春で、稔さんは爽やかな雰囲気で現れた。
「……稔さん」
僕はスマホをジャケットのポケットに戻す。連絡する手間が省けていいが、何とも言えない気持ちになる。
「いつから、いたんですか?」
「えっ、今来たばかりだよ」
平然とした顔で微笑む。怪しいが問い詰めたところで、本当の事は言わないだろうと諦める。
「じゃあ、いこうか」
稔さんが先立って歩きだす。僕も遅れを取らないように、隣に並んで歩く。
そういえば、最初に出会ってすぐの時に、僕の家に向かう途中で会った事を思い出す。
いつもの見慣れた道を進み、夜勤明けで出会った道を通る。
「稔さんの家って、この辺ですよね」
「違うよ。もっと先」
僕は驚いて稔さんを見上げる。稔さんは相変わらず、微笑んでいた。
「だ、だって、前に会った時はこのあたりだって……」
稔さんは歩みを止めることなく、気づけば僕のアパートも通り過ぎていた。
「そうだって言わないと、なんであそこにいたのかってなるだろ」
僕は驚きで言葉を失う。まさか、僕に会うためにわざわざあそこにいたというのか。しかも偶然を装ってまで……。
「ここだよ」
ぼんやり考えていた僕は、稔さんの言葉で我に返る。
目の前には、洋風モダンな二階建ての一軒家があった。ブラウンの色合いが落ち着いた雰囲気を醸し出している。
日が延びているとはいえ、すでにあたりは薄暗くなっていて、壁がぼんやり輝いて見えた。
ふと、表札に目をやると、そこには中岸と書かれている。
「一人暮らしにしては、贅沢ですね」
「最近、引っ越したばっかりなんだよ。君と住むためにね」
事も無げに言っているが、僕は驚いて稔さんを見つめる。
稔さんは苦笑いすると、何も言わずに玄関の扉を開ける。
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