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靴を脱ぎ中に入ると、二階に上がる階段といくつか扉があるようだ。
一階の扉を開けると、広いリビングにはダイニングキッチンとテーブルと椅子が置かれている。キッチンの近くには冷蔵庫と食器棚がすでに置かれていた。
稔さんは僕を椅子に座らせると、冷蔵庫からお茶のペットボトルを取り出し僕に手渡す。
「びっくりさせちゃって、ごめんね」
稔さんが僕の前に跪き、手を握る。謝っているわりには、微笑んでいて楽しそうだ。
「‥‥‥どういう事なんですか」
僕は呆れたように言葉を発する。
「いつまでも交番勤務でいられないからね。配属先も変わることが多いし」
稔さんが視線を彷徨わせる。
「でね、君が嫌じゃなかったら‥‥‥一緒に住みたいなって」
それ以前に、相談する順番が違うんじゃないだろうか。僕は目眩がする。僕が断ったら、この家に一人で住むことになるというのに。
「稔さん!」
僕は覚悟を決めると、稔さんの目を見つめ険しい表情を作る。
強い口調に、稔さんの体がびくりと震えた。構わず僕は強めの口調で責め立てる。
「勝手に決めて、家買わないでくださいよ!」
「ご、ごめん」
びっくりした顔で稔さんが狼狽る。
「僕が断ったらどうするんですか」
稔さんの顔が青ざめ始める。
「本当に自分勝手ですよね。何から何まで」
「ーー‥‥‥っ」
稔さんが唇を噛み締め、視線を逸らす。
「僕の気持ちなんか、何にも考えちゃないですよね」
稔さんの目が潤み始めた。もう良いだろう。
僕は、笑いを必死にかみ殺す。
「なーんてね! 一緒に住みますよ。今までの仕返しです」
僕は吹き出してしまう。稔さんが唖然とした顔で僕を見つめる。
僕の為とはいえ、散々騙して来たんだからこれぐらいはバチが当たらないだろう。
稔さんは相変わらず、目を瞬かせて驚いた表情をしている。
僕は椅子から降りると、稔さんを抱きしめる。
「これからは、隠し事はなしですからね」
これは僕の本心だ。一緒に住むなら尚更、色々な問題も出てくるだろう。それを乗り越えていくには、お互いに本心を出していかなきゃいけないと思う。
稔さんの事と将希の事で、僕はほんの少しだけ大人になれた。そんな様な気がする。
「‥‥‥分かった。今までごめん」
稔さんの腕の力が強まる。
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