376人が本棚に入れています
本棚に追加
食事を終えて、稔さんと僕は店を出た。
「今日は泊まって行く?」
稔さんが僕の顔を覗き込む。その表情はどこか、期待に満ちているようにも思えた。
「学校まで少し距離が伸びちゃうで、今日は帰ります」
新居に一緒にいたい気持ちは分かる。でも、明日普通に講義もバイトもあるし、稔さんはやたらと僕としたがるから朝に響いてしまうだろう。
「そっか‥‥‥残念だな」
本当に残念そうな口ぶりで、稔さんが呟く。
少しだけ罪悪感が芽生えたけど、僕は心を鬼にする。
「すみません。明日ちょっと早いんで」
僕は申し訳なさそうな顔で謝る。
「まぁ、しょうがないよね。家まで送って行くよ」
稔さんが、気を取り直したように微笑む。
隣に並びながら、僕たちは暗い道のりを歩く。
時々、車が僕たちを照らしては通り過ぎて行く。
心許ない電灯の光が、ほんのりと道を照らしていて寂し気な雰囲気が漂っている。
「そういえばさ、時仲くんにも言った方がいいんじゃないかな」
唐突に出た将希の名前に、僕は一瞬息を止めてしまう。
「何をですか?」
僕は訝しげに稔さんを見る。
「‥‥‥引っ越しのこと。玲くんの家によく行ってたから、教えておいた方が良いんじゃないかな」
確かに将希に伝えておかないと、いつの間にかもぬけの殻状態で将希も驚いてしまうだろう。
それにしても‥‥‥将希と過ごした、あの部屋を出るのはなんだか切なく感じてしまう。
「そうですね。伝えておきます」
複雑な表情を表に出さないように、僕は無理やり笑みを作る。
稔さんはホッとしたような顔で、僕に微笑みかける。
稔さんはやっぱり優しいなと、僕は嬉しくなる。
将希が稔さんとは顔を合わせることは、もう無理だろう。三人で仲良く出来たら良いのにと、僕は切ない気持ちになる。
アパートに着くと、稔さんは帰って行く。その後ろ姿を見送りながら、何だかんだ流されてるなと苦い気持ちが湧き上がる。
でも、悪い事じゃないから良いのかなと僕は思わず頬が緩む。
稔さんと一緒に住む光景を描きながら、僕は玄関の扉を閉めた。
最初のコメントを投稿しよう!