プロローグ あの頃

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僕が六歳くらいの頃か。 「誠や、おめぇ、中々のサイズ上げよったな」 「でしょ?こいつが急にエサをひったくっていって。びっくりしたよ」 「ふむ、それは魚が勝手に針に掛かったんじゃ」 「結局釣り上げたんだからオーライでしょ」 「まぁ、釣った、というより、釣れた、じゃな」 チクリと刺す嫌味に多少むっとしたが、その時は目の前に横たわる魚の歓喜の鱗が輝かしかった。 そうして僕が八歳、もっと喜ばしいことが起きた。 「貴方は、誰?」 黒のショートカットの女の子、背丈は同じくらい。 「僕は、織色誠(おりしきまこと)」 大きな瞳は更に開いて、僕の前に。 その瞳は黒く、そして、どこまでも奥深く彼女の後ろを照らす。 黒が見せる光、人間とは思えない気配だった。 彼女はひどく美しかった。 第一印象はそんな程度。 「君は?」 「私、常盤美里(ときわみり)」 それが美里との出会い。 子供の頃はどんな夢も叶うと思っていた。 望めば手に入る。そして笑って。日々を生きる。 二人で釣り上げた魚はいつにも増して鱗が七色に煌めいた。 全ての景色が綺麗で。 あの頃は。 あの、頃は。 色鮮やかで水彩画のような記憶とは裏腹に、僕の気分はひどく陰鬱だった。身体中にまとわりつく濃い、油絵の具のようだ。 そのせいか、僕は呼び出しの放送に気付かなかった。 「誠、呼ばれたぞ」 大きな掌が肩を包んだ。弾かれたように見上げると茶髪の男。整った顔立ちの美男子だ。渋灰霜(しぶかいそう)。 「ん、わり。考え事してた」 それとなく返しておく。 「んま、俺も呼ばれたし」 席を立つと美形顔が正面にきた。背丈は僕と同じくらい。 「着替えて集合だと。急がないと羽多隊長に怒られるぞ」 「今回は僕らだけか?」 移動しながら問う、特に意味は無い。霜も分かっている。 「みたいだ」 霜が答えると同時に更衣室へ入る。織色誠と書かれたロッカーから黒いロングコートを取り出す。 対人戦闘機「リバル」と戦闘する用の服だ。防弾、耐火や衝撃吸収の加工が施されている。 それを羽織りながら隊長のいる事務室に入った。
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