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「桜、もうそんな季節か」
彼はそう呟き、桜の木を見上げる。
「七部咲、て感じな」
非常に甘い声色の持ち主だ。
その場所は川沿いの土手に植えられたソメイヨシノの桜並木だ。かなり長く続いていて、地元では有名な花見スポットとなっている。夜はライトアップされ、屋台もかなり出る。いわゆる桜祭りとういうやつで、この時期が一年で最も活気づく時期だ。昭和二十年からずっと続いていて、今年で四十年めになる。
彼は桜祭りを空から眺めるのが好きだった。毎年それを楽しみにしている。
4月……。人間達にとっては、どんな悩みを抱えていても、なんとなく気分が明るく希望に満ちる季節のようだ。勿論全ての人間がそうと言う訳ではないが、日本人は特にその傾向が強いらしい。そんな時に行われる桜祭りは、訪れる人間の希望に溢れていて見ていてこちらまで楽しくなってくるのだ。
「もう少し休んだら、また仕事だな」
と彼はニッコリと桜に話しかけた。桜並木は、この辺りの主要駅へと向かう道に続いていて、近くにも大学があったりするせいか、朝から夜遅くまで色々な人が行きかっている。昼は老夫婦がゆっくりと散歩をしたり、土手沿いに等間隔に設けられているベンチに腰をおろしてお手製ランチを楽しむ学生など、季節を問わず、人々の憩いの場となっているのだ。
そう、この彼は人間では無い。見た目は、十八歳そこそこ、といった感じか。心持ちクリーム色がかった美しい肌に、端麗な甘い顔立ちで、一見すると優男と表現できる。
深いワインレッドのサラサラした髪を、惜しげもなく少し長めのショートカットにし、髪とお揃いの色の長い睫毛に縁どられたその瞳は、深い青緑色でまるで宝石のグリーントルマリンを思わせた。
淡い黄色のローブが不思議とよく似合っている。腰にはワインレッドの剣を差し、その背には蝙蝠のようなワインレッド色の翼を持っていた。
彼の名はアステマ。「堕落」を司る魔族、堕天使である。人間や時には天使を「堕落」へと導き自滅させる役割を担っているのだ。
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