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「―――見っけ」
溜息混じりの声がして、反射的に顔を背けた。
聞き慣れた声と、後から判る。
いつも通りに少し早足な足音が、遠慮無く近付いてきた。
すぐ傍まで来て、立ち止まる。
視界の隅にコートの端が写り、冷たい空気へよく知った香りが混じる。
わけもなく腹がたった。
また借りて来たのかと吐き出しそうになるが、苛立ちはきっと表面だけのものだ。
息が詰まる。
彼の香りがしみついたコートを、見るのが辛い。
頑なに唇を引き結んでいると、声の主は呼気ともため息ともつかない息を吐いて、隣に座った。
動いた風のせいでなく顔が強ばる。
何を言われても無表情に黙っていよう。
そう考えている時点でもう揺らいでいるとは気付かず、背けた顔は動かない。
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