第3章

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「はい、私だ……」    誰からだろう。  乗り込んだエレベーターで、携帯電話に出た溝口主任にみんなの視線が集まる。  会社からだろうか?   会社なら横井さんからだろうか? 「そうか、うん、うん、先方さんが謝罪を……」  謝罪と聴いて、何があったのかと張り詰めた空気になり始めていく。  エレベーターの扉が開いて、不安な気持ちで主任の背中を追いながら、表玄関に出た。 「それじゃあ、先方さんには、すぐに折り返し連絡すると伝えておいてください」  そう言って、主任は通話を終えた。 「横井さんからだ。明日予定になっている、取引先の三和商事(みわしょうじ)さんから電話があって、明日の同じ時間に別の取引先とブッキングしたらしい」  白鳥先輩が一番驚いただろう。アポイントメントを取ったのは白鳥先輩だったのだから。 「白鳥さんのミスじゃないからね。先方さんが、自分たちより先に別の取引先との商談が入っていたのを今朝になって気づいて、謝罪の電話があったということだ」 「ええ! 天下の三和商事さんでも間違いっつうのもあるんやな」 「そりゃぁ、人間だからね」 「よかったあ、主任、私がミスしたのかと思いました……」  俺も、白鳥先輩のミスじゃなくてほっとする。 「そこでだ。急なんだが……できれば、今日の午後4時に三和商事さんが商談をお願いできないかと言って来たんだが……みんなどうだろうか……。あちらのミスだから、無理なら日を改めていいとは言っている」 「溝口主任、私は大丈夫です」  俺は、即答で開口一番に言った。 「私も大丈夫です。相手に借りを作って置くのは、取引に有利ですよね」 「いやあ、森山さん、それはないと思うが……」  主任は森山先輩に苦笑したが、実は、俺もそう思っていたので、森山先輩と思考が一緒な自分に心の中で苦笑していた。 「主任、私は大丈夫なのですが…… 配布資料、3社分しか持っていなくて、三和商事の分、本社に取りに行かなくてはならないんです……」 「ああ、そうか……」  白鳥先輩の言葉に、主任は、顎を手でさする仕草をした。 「主任、私が、取りに戻ります」 「沢口君、そうしてもらいたいところだが……移動時間を考えると、かなり無理があるんだ……」 「誰かに持って来てもらう方法しかないかな……」 「私もそう思います」  森山先輩の考えに白鳥先輩も同意した。 「……よし、わかった。横井さんに持って来てもらえるようにお願いしよう」  主任は少しだけ間を置いた後、そう言うと、横井さんに電話をかけた。    4社目として美和商事とは午後4時から面談開始。  その前に、美和商事本社前で資料を受け取る段取りになった。 「みんな、横井さんが資料を届けてくれるとのことだ。あとは、安心して任せよう」 「はい!」    仕事では、どんなことが起こるかわからないということ。そして、知恵を出し合って、皆で協力して乗り切る。  俺は、今回のことで、社会人には、どんなトラブルでも気持ちを切り替えて、臨機応変に対処できる能力が大切なんだということを学んだ。
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