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第5章
「おはようございます」
「おはよう」
「溝口主任、忘年会はお疲れ様でした……」
「お疲れ様。優良社員に選ばれて本当に良かったな」
「ありがとうございます。あの……ところで、主任、2次会の後、オレ…いや私が何かご迷惑をおかけしなかったでしょうか?」
月曜の朝、出勤してすぐに顔を合わせた溝口主任に、恐る恐る聞いてみた。
「迷惑? 特に……何もないよ。楽しい忘年会だったな。これからも頑張って!」とにこやかに肩を軽くポンと叩かれるだけだった。
「あ、はい」
これ以上聞いても言ってくれそうにない雰囲気があった。それが逆に怖いが、それ以上は踏み込まないことにした。
森山先輩に聞こう。
彼なら、きっと、気さくに笑って話してくれるだろう。
森山先輩が出勤するのを待つことにした。
「おはようございます」
主任がどこかに席を外して、入れ違いに森山先輩が執務室に入って来た。待ってましたとばかりに気持ちが早る。
「森山先輩、おはようございます」
「おはよう、沢ちゃん」
隣の席に着いた森山先輩の表情を窺い見た。いつもと変わった様子はない。
「森山先輩、あの……」
「沢ちゃん、金曜は無事帰った?」
森山先輩の言葉が先に意表を突いて来た。
「え、あの、無事って何かしたんですか? 俺」
「いや、かなり酔ってたみたいだから。でも、ほんま、あんなに楽しそうな沢ちゃん初めて見たからさ。こっちまで楽しくなったよ」
「実は、どうやって帰ったのか覚えていなくて……」
「そうなんかぁ、覚えてないんかぁ」
「すみません、先輩に何かご迷惑でも……」
「あんなもん、全然迷惑じゃないよ……」
「あんなもんって、やっぱり……俺、何かやらかしたんですね」
心拍数が上がってくる。
「いやあ、全然、沢ちゃんなんて可愛いもんよ。オレなんか、沢ちゃんぐらいの頃は、タクシーで吐いて先輩の服を汚したり……迷惑ばっかかけてたわ」
「はあ……」
森山先輩の話にはちょっと引いた。
「沢ちゃんは、楽しい明るい酔っ払いだったよ。元気だしぃ」
「そう、なんですか……」
そんなふうに褒められても素直に喜べない。
とにかく、迷惑をかけてはいなさそうで少しはほっとした。
「そんで、2次会の後、オレと主任と白鳥さんの3人で君んちまで送ろうっていうことになって……でも、オレだけ方向が逆だから、同期の葉山君が同じ方向だからって、葉山君にオレの代わりにお願いしたわけ」
「葉山もですか?」
「うん。ほんとに覚えてないんだね」
帰りのタクシーには森山先輩は乗らなかった。それがまずショックだった。
アパートまで自分がどんな醜態を見せたのか、結局わからずじまいだからだ。
それに、同期の葉山が一緒だったことが一番の大ショック。
あとで、どんな嫌味を言われるか知れたものじゃない。
それから、憧れの白鳥先輩が一緒だったことも……
ああ—— と叫びたい気持ち。
ということは……
つまり
この3人の中に……
あの晩
まさかっ!
俺にキスした人がいるってこと!?
オレは体がしばし硬直した。
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