第5章

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「そういえば……」    お腹が満たされた安堵感の中、白鳥先輩が口を開いた。  何を言い出すのかと急に胸が縮こまりそうになり、その口元に集中する。 「……沢口君の住んでるマンションって外観が凄い立派よね。初めて見て驚いたわ」    あ——  心臓がドキリと飛び上がる。    先日の2次会の後、俺を送ってくれた日のことだよな……。  ずっとその話題に触れないように避けていた努力が、ここに来て無駄になった気分だった。  話の展開がこの先どうなって行くのか、予想がつかなくて怖い。   「そう、ですか?…… 築年数は結構古かったと思います」 「そうなんだ」 「ええ……」  俺は、残った水を一気に飲み干した。 「間取りは? 3LDKくらい?」 「ワンルームですけど……?」  俺の部屋に入ったはずならわかるだろうに、白鳥先輩の質問の意図が全く読めず、歯切れが悪い答え方になった。 「外観から3LDKぐらいはあるって感じよね。あのマンション」 「ああ、ワンルームや、そういう家族世帯用の間取りもあるみたいです」 「沢口君、家賃っていくらぐらい?」  横井さんも興味津々に話題に割って入ってきた。 「ワンルームは管理費込みで6万円です……」 「へえー、都心にしては、結構安いのね」  白鳥先輩は、先ほどからいちいち、感心している様子だった。 「そうかもしれませんね。不動産屋さんが掘り出し物件だって言ってました」 「そっかぁ、私の従姉妹が来年大学を卒業して一人暮らしするんだけど、物件探してて、その不動産屋さん、教えてくれる?」 「あ、はい、あとでお教えしますね。多分、デスクの引き出しに名刺があったと思います」    なんだ、そういう話かと、安心しかけたその時、 「沢口君の部屋、参考に見たかったなあ……」と白鳥先輩が呟いた。 「ええっ!?」  自分の大きな声に、前の席で食べている職員が後ろを振り向くのが見え、思わず口を押さえた。 「白鳥先輩、2次会の後、俺の部屋に入ったんじゃ?」 「え? 沢口君、覚えてないの?」 「はい、じつは……」  俺は、恥ずかしいやら、申し訳ないやらで複雑な気持ちになった。 「主任と葉山君と私で沢口君を送って行こうとタクシーに乗ったのは覚えてる?」 「実は、あまり覚えていないんです……」  ここは正直に答えた方がいい。  そう思い、潔く認めることにした。 「ヤダー、沢口君。そうとう酔ってたわけね」 「はい……」 「まあ、若いうちは失敗もあるわよね」と横井さんのフォローにもかかわらず、白鳥先輩と横井さんは、思いっきり笑っている。  でも、そのおかげで気持ちが楽になった気がした。 「だからね。沢口君のマンションに着いて、私も沢口君の部屋に行こうとしたの。でも、主任と葉山君が、2人で大丈夫だし、もう遅いからそのままタクシーで帰りなさいって言うから、結局、私だけ降りずに帰ったわけ」  白鳥先輩は、タクシーを降りずに、そのまま帰った……  知りたくなかった真実。  つまり、白鳥先輩は俺の部屋には入ってはいない。  一気に奈落の底に落とされた。  ということは……  ええ——っ  心で叫ぶ  犯人は、主任と葉山のどちらか——  目眩がしそうになった。
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