第5章

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「疲れた……」  家に帰ってすぐにソファーに身を投げ出した。  着替えもせず、しばらく宙を見ていた。 「あーっ」  今日一日の出来事を思い出し、頭を掻きむしる。    何で、こんなに悩まなければならないのか。  特に、白鳥先輩との昼食後、悩みはますます大きくなった。  主任の顔をまともに見ることさえできなかった。  どうせなら、白鳥先輩がキスの相手だと思っていたほうがずっと良かった。その方が、幸せだったのに……。  知りたくなかった真実。    葉山は絶対イヤだが、主任であっても困る。  だって、主任は既婚者じゃないか……  いや、問題はそこじゃないだろ。  相手が男だってことだろ。  とひとりツッコミを入れ、上体を起こし、長い溜息をついた。    俺の大切な大切なファーストキスをあんなシチュエーションで、しかも相手が男であることが、何よりショックではないか。  高校は男子校で、大学でも女子と付き合った経験がなく、夢にまでみたファーストキスへの夢。    その相手がよりにもよって男とは……    もしかしたら……  俺の妄想なのかもしれない。  酒に酔ったせいで理性が外され、ステキな人とキスをしたいという願望がストレートに出てしまった。だから、あのような夢を見たんだ。  きっとそうだ。    そう無理に思い込もうとした。     しかし、夢うつつの中であっても、唇の感触が生々しく残っている。  ……顔に微かにかかるあの息遣い。    ただの悪戯(いたずら)ではなく、それは、躊躇(ためら)いがちに、でも、愛おしさを伝えてくるような……    目を閉じ、自分の唇に指先で触れてみる。     ——そして、優しかった。          
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