第6章

10/10

259人が本棚に入れています
本棚に追加
/70ページ
 駐車場のあるビルの裏手に行くと、バイクに軽く腰掛けている葉山が見えた。  肩を窄めて寒そうだ。 「葉山ぁー!」  走りながら、手を降り叫んだ。 「そんな慌てんでも、転ぶぞ」 「遅くなってゴメン」  小刻みに息を切らしながら言った。 「葉山、寒かっただろ」 「別にこんくらい大したことないさ」 「何か飲む? 奢るよ」    葉山は少し驚いたような顔を見せて、しばらく黙っていた。 「遠慮すんなって。俺も喉乾いちゃって、コーヒー飲みたいからさ……」  温かな飲み物を買って葉山に渡したいと素直に思った。 「……じゃあ、お前とおんなじものでいいよ」  俺は、今来た道を少しだけ戻り、自動販売機の前に立った。自分の好きな缶コーヒーを確認し、コインを入れる。  ボタンを押すと、取り出し口にガタリと缶コーヒーが一つ転がった。  そういえば、葉山は自分の好みのコーヒーを何故か知っていた。  取り出し口からコーヒーを出し、そんなことを思い出す。  また、コインを入れ、ボタンを押し、もう一つ、ガタリと缶コーヒーが転がる。    いつだったか、自分の机にそっと置かれていた缶コーヒーのことが記憶の中から自然に呼び覚まされた。    確か、あの時、主任の他に、葉山も残業していたっけな。  もしかしたらあれは、葉山が置いてくれたのではないか。  確信はないが、そう思った。 「ほれ」 「サンキュ」    2人並んで、言葉を交わすことなく缶コーヒーを飲みながらぼーっと周りの景色を眺める。  温かさが胸を伝わって落ちていく。  コーヒーの甘さとほろ苦さが今日は格別に美味い。    こそばゆいほどの沈黙が流れ、何か言わないといけない気がして、 「ああ、このまま仕事休みてーなー」と軽口を叩いた。 「いいよ、休んで。このままどっか行く?」と葉山は黒い瞳を向けた。今まで見たことのない真剣な瞳。 「葉山、本気にすんなよ。冗談だよ、冗談……」  俺は、思わずドキリとした自分を、笑って誤魔化した。  
/70ページ

最初のコメントを投稿しよう!

259人が本棚に入れています
本棚に追加