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駐車場のあるビルの裏手に行くと、バイクに軽く腰掛けている葉山が見えた。
肩を窄めて寒そうだ。
「葉山ぁー!」
走りながら、手を降り叫んだ。
「そんな慌てんでも、転ぶぞ」
「遅くなってゴメン」
小刻みに息を切らしながら言った。
「葉山、寒かっただろ」
「別にこんくらい大したことないさ」
「何か飲む? 奢るよ」
葉山は少し驚いたような顔を見せて、しばらく黙っていた。
「遠慮すんなって。俺も喉乾いちゃって、コーヒー飲みたいからさ……」
温かな飲み物を買って葉山に渡したいと素直に思った。
「……じゃあ、お前とおんなじものでいいよ」
俺は、今来た道を少しだけ戻り、自動販売機の前に立った。自分の好きな缶コーヒーを確認し、コインを入れる。
ボタンを押すと、取り出し口にガタリと缶コーヒーが一つ転がった。
そういえば、葉山は自分の好みのコーヒーを何故か知っていた。
取り出し口からコーヒーを出し、そんなことを思い出す。
また、コインを入れ、ボタンを押し、もう一つ、ガタリと缶コーヒーが転がる。
いつだったか、自分の机にそっと置かれていた缶コーヒーのことが記憶の中から自然に呼び覚まされた。
確か、あの時、主任の他に、葉山も残業していたっけな。
もしかしたらあれは、葉山が置いてくれたのではないか。
確信はないが、そう思った。
「ほれ」
「サンキュ」
2人並んで、言葉を交わすことなく缶コーヒーを飲みながらぼーっと周りの景色を眺める。
温かさが胸を伝わって落ちていく。
コーヒーの甘さとほろ苦さが今日は格別に美味い。
こそばゆいほどの沈黙が流れ、何か言わないといけない気がして、
「ああ、このまま仕事休みてーなー」と軽口を叩いた。
「いいよ、休んで。このままどっか行く?」と葉山は黒い瞳を向けた。今まで見たことのない真剣な瞳。
「葉山、本気にすんなよ。冗談だよ、冗談……」
俺は、思わずドキリとした自分を、笑って誤魔化した。
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