第7章

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 「いらっしゃい!」   明かりが漏れる格子戸を開くと、威勢のいい掛け声と大勢の弾けた声が出迎えた。開始5分前にして、すでに店内は賑わっている。    「沢口君、いらっしゃい」  「横井さん、すごい盛り上がりですね」  「そうそう、みんなはりきちゃって」  参加者の顔を見渡す。  横井さんが部署の垣根を超えて参加者を募ったと言っていた通り、知らない顔ぶれだ。  ここにいる人たちは、同じ本社で勤務していても接点がないと出会わなかった人たちだと思うと、不思議な気持ちになる。  「沢口君、立席形式だから、適当な所に入って」  「あ、はい」  話し込んでいる輪の中に入っていくのには少し勇気がいる。お酒が入ってエンジンがかかれば何とかなるが、今はまだ人見知りな性格の方が勝った。  知らない人とせっかく出会えるチャンスなのだが、俺は、店の奥へと進みながら、つい、見知った顔を探していた。  いない……  葉山がいない……  来るって言ってたんじゃ?    胸がざわつく。  子供の頃、家族で旅行した先で、はぐれて知らない土地で迷子になったときのあの気持ちと似ている。誰も知る人がいなくて、ひとり取り残された心細さ。必死になって両親を探した。  周りの喧騒が自分とは別の世界のように思える。 「あ、吉田さん」  すがるように見知った顔を見つけ出した。一緒の事務室でも普段は、挨拶を交わす程度の女性の先輩だが、同じマーケティング課で、しかも葉山と同じ係というだけで、懐かしい人に出会った気持ちになった。 「沢口君、お疲れー」 「お疲れ様、吉田さんも参加だったんですね」 「うん、葉山君に誘われてね」 「へー、葉山に?」 「うん。葉山君が横井さんにお願いしてギリギリ入れてくれたの」  葉山は、どうして来ていないのか。そもそも、葉山は来るのか。聞きたいことは山ほどあったが、声に出せずに、頭の中でぐるぐる回る。 「葉山君、今日は、取引先周りでまだ来てないみたい……。多分、遅れてくるのかも……」  そうか、今日は姿が見えないと思ったらそういうことだったのかと思った。 「葉山君って本当に、優しくて頼り甲斐があるわよねー」 「そうなんですか?」 「あら、同期だからわかるんじゃないの?」 「え、あ、まあ……」 「1係、トラブルがあって葉山君がバイクで行ったことがあったでしょ」 「ええ……」  二度、トラブルがあり、その2回とも葉山のおかげで助かった。 「自分は忙しいのに、誰かが困っていたら助ける。あの子は困っている人をほっとけないところがあるのよねー。その後は、遅くまで残業してたわ……愚痴もいわずに。今日だって、主任が体調崩してて、代わりに取引先周りなのよ。クリスマスで飲み会があるってのに……」    本当に、自分の知っている葉山なのかと思った。  初対面の頃からつっかかるような態度がイヤで、避けていたのだから。距離が近づいて、そのイヤさを感じなくなって、いいやつなのかなと思えるようになったのがつい最近のことだ。  ずっと冷たいやつだと思っていた。  普段は、自分には関係ないですって感じに見える。クールで、飄々(ひょうひょう)とした立ち居振る舞いからは全然予想もつかなかった。    今まで見ていた葉山は自分の誤解だったのか。   「でも、あいつ、口がちょっと悪くないですか?」 「え? 口数は少ないけど、そんなことないよ……沢口君の思い過ごしじゃないの?」  と、吉田さんに苦笑され、それ以上言うと自分の方が逆に性格が悪いと思われそうで、口を閉ざした。 「それでは、みなさん、開始時間になりましたので、そろそろ始めまーす。飲み物は行き渡りましたかー?」  横井さんの元気な声に皆の注目が集まる。 「はーい」  横井さんの乾杯の合図とともに始まった。 「カンパーイ」  あちこちで、グラスのぶつけあう音が豪快に響きわたった。    
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