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時間が経過し、お酒が程よく回って饒舌にさせた。
熱々のたこ焼きを頬張り、お腹も満たされ、楽しく会話が弾む。
「沢口君、優良社員に選ばれたよねー。凄いよねー」
「ほんと、運が良かったっていうか……。ありがとうございます」
ほとんどの人が、自分を覚えて賞賛してくれた。それが、話すきっかけにもなって助けられる。
「あのー、部署はどちらですか?」
「私は、経理部」
「いつも、お世になっています。経理は細かい数字で大変ですよね」
「うん、でも、私、数字は好きなの。性に合ってるのよ」
「私は、開発部。よろしくね」
「開発部って、じゃあ、あの香水を開発した!」
「そう……。あれ、いいネーミングよね。『男が惚れる男へ』なんて、カッコいい。言葉のチョイスがマジ、うまいと思った」
「そうそう」
「ありがとうございます。あのいい香りがイメージを開かせたんです。開発部の方こそ、いつも凄いなって思っています。だから、大それおおくて、部屋に入ったことなくて……」
「いつでも、来て。同じマーケティングの葉山君は、よく来てくれるわよ」
突然、葉山の名前を聞いてどきりとした。
「え? 葉山が何しに?」
「葉山君、香水がよほど好きなのか、仕事の鬼なのかわからないけど、今、どういう香水を開発しているのかって、ときどき、顔出すのよ。やっぱ、優良社員に選ばれるだけあるわね」
「へー、知らなかった」
「今日は、来てないの? ゆっくり話したかったんだけどな……」
葉山は案外有名人だったのには、驚いた。自分の知らないところでの葉山の行動を知り、ますます不思議な気持ちだった。
「はやまくーん。こっち、こっちー」
「はやまー」
甲高い女性の呼ぶ声と男性の声。葉山が店に入って来るのが見えた。開始からすでに30分が経過している。
仕事はうまくいったのだろうか。
葉山は、数人に促されて輪に入ると、会話がすぐに弾んでいるようだった。飲み物を手渡され、グラスを傾け、楽しそうに笑う葉山。何を話しているのだろう。つい目で追っている自分がいた。
群れの塊の隙間から、一瞬、葉山がこっちを見て目が合った気がした。
俺は、目を逸らしてビールを飲もうとグラスを持ち上げる。
わずかに残ったぬるくなったビールが一口だけ喉を潤した。
「あ、飲み物取って来るね」
そう言って、慌てて輪から離れた。
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