第7章

8/9

259人が本棚に入れています
本棚に追加
/70ページ
 「2次会は、セッティングしてませーん」  締めの乾杯を終えても、居酒屋は賑やかだった。  横井さんの声に、まだ話し足りないといくつかのグループに分かれて2次会へと流れていく。  「沢口君も、一緒に2次会に行くでしょ」  「あ、はい……」  葉山がいるグループを尻目に、居酒屋から出ようとするところだった。  「俺も、加わっていいですか」  と葉山がいきなりついて来た。  「葉山君と一緒に合流しよう」  とそれに続いて数名がついて来る。  「よっ、沢口」  「お、おう」  今朝から、大分久しぶりのような気がして、なんか変にぎこちなくなった。  いつものように憎まれ口をたたかれないと、妙に調子も狂う。    着いた先は、洒落たBARだった。  7、8名座れるテーブルを囲み、ソファーに座る。偶然の仕業か、自分の左隣には、葉山が座った。    明るく談笑する輪の中で、隣の葉山が気になって仕方がなかった。  皆の笑い声が頭上をかすめ流れていく。  横井さんのせいで、葉山のことを意識してしまい、どうも調子が悪い。  何か話さなきゃと思うが空回り。  カクテルをハイペースでついつい飲んでしまう。 「あのー、ジントニック、お願いします」  注文したのはこれが3杯目。 「沢口…… おまえ、大丈夫か……」  左を向くと葉山の顔がすぐそこにあった。互いの鼻の先が数センチという距離。ソファに深く座っていたせいか、黒い瞳が優しく覗き込むように迫っていた。  その時、ほのかな香りが顔をくすぐった。  ああ、この香り……  『男が惚れる男へ』—— 自分が考えたキャッチコピー  この香水よくつけてるんだな。こいつ。  前にも、どこかで嗅いだ気が…… する。  バイクに一緒に乗った時思ったんだが……  確かに、会社では何度も試供品を自分の手の甲に付けて嗅いだが、それとは違う、何かが……違う。 「大丈夫……」  慌てて、座り直し、ジントニックをゴクリと大きく飲んだ。 「忘年会の2次会で、おまえ、飲みすぎて大変だったんだからな……」 「あ、ああ……」  また、思い出す。あのときの、失態。  そして——  誰なのかわからない、そっと触れた唇。  あの日以来、ずっと、忘れようとしていたのに、結局、忘れることができないでいた。毎夜、ひとりベットに入ると、思い出してしまう、愛おしく重ねた唇の優しさ。  そのたびに、胸の奥が疼き、体の中心が熱くなった。 「だから、大丈夫だって」 「前みたいに、俺が部屋に運ぶことになっても知らねーぞ」 「えっ!」 「い、いや、その……飲みすぎるなってこと…… ごめん、トイレ行ってくる」  葉山は、珍しく歯切れが悪くなると、いきなりトイレへと立った。
/70ページ

最初のコメントを投稿しよう!

259人が本棚に入れています
本棚に追加