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「2次会は、セッティングしてませーん」
締めの乾杯を終えても、居酒屋は賑やかだった。
横井さんの声に、まだ話し足りないといくつかのグループに分かれて2次会へと流れていく。
「沢口君も、一緒に2次会に行くでしょ」
「あ、はい……」
葉山がいるグループを尻目に、居酒屋から出ようとするところだった。
「俺も、加わっていいですか」
と葉山がいきなりついて来た。
「葉山君と一緒に合流しよう」
とそれに続いて数名がついて来る。
「よっ、沢口」
「お、おう」
今朝から、大分久しぶりのような気がして、なんか変にぎこちなくなった。
いつものように憎まれ口をたたかれないと、妙に調子も狂う。
着いた先は、洒落たBARだった。
7、8名座れるテーブルを囲み、ソファーに座る。偶然の仕業か、自分の左隣には、葉山が座った。
明るく談笑する輪の中で、隣の葉山が気になって仕方がなかった。
皆の笑い声が頭上をかすめ流れていく。
横井さんのせいで、葉山のことを意識してしまい、どうも調子が悪い。
何か話さなきゃと思うが空回り。
カクテルをハイペースでついつい飲んでしまう。
「あのー、ジントニック、お願いします」
注文したのはこれが3杯目。
「沢口…… おまえ、大丈夫か……」
左を向くと葉山の顔がすぐそこにあった。互いの鼻の先が数センチという距離。ソファに深く座っていたせいか、黒い瞳が優しく覗き込むように迫っていた。
その時、ほのかな香りが顔をくすぐった。
ああ、この香り……
『男が惚れる男へ』—— 自分が考えたキャッチコピー
この香水よくつけてるんだな。こいつ。
前にも、どこかで嗅いだ気が…… する。
バイクに一緒に乗った時思ったんだが……
確かに、会社では何度も試供品を自分の手の甲に付けて嗅いだが、それとは違う、何かが……違う。
「大丈夫……」
慌てて、座り直し、ジントニックをゴクリと大きく飲んだ。
「忘年会の2次会で、おまえ、飲みすぎて大変だったんだからな……」
「あ、ああ……」
また、思い出す。あのときの、失態。
そして——
誰なのかわからない、そっと触れた唇。
あの日以来、ずっと、忘れようとしていたのに、結局、忘れることができないでいた。毎夜、ひとりベットに入ると、思い出してしまう、愛おしく重ねた唇の優しさ。
そのたびに、胸の奥が疼き、体の中心が熱くなった。
「だから、大丈夫だって」
「前みたいに、俺が部屋に運ぶことになっても知らねーぞ」
「えっ!」
「い、いや、その……飲みすぎるなってこと…… ごめん、トイレ行ってくる」
葉山は、珍しく歯切れが悪くなると、いきなりトイレへと立った。
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