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「沢口……」
顔を上げると、至近距離で葉山と目と目が合った。
葉山の通った鼻筋、長いまつ毛、黒い瞳。葉山から目が離せない。魔法で動きを止められたみたいだ。
葉山ってこんなにカッコよかったっけ。
性格といい、顔立ちといい、女性だけじゃなく男性に惚れられても無理ないかも……
男の顔にこんなにも見惚れることがあっただろうか。
鼓動はずっと高鳴りっぱなし。顔も紅潮していくのがわかる。
次第に顔が近づき、吐息が触れる。
キスされる……
そう思った瞬間、俺は我に返った。
「っ……ここ、公園だろ……」
俺は、慌てて葉山の胸に右手を当てた。
公園というこの公共の場所で、二人ともどうにかなってしまいそうで怖かった。
今ここで制御しておかなければ……と本能的にそう思った。
きっと、葉山は、情熱的に唇を求めてくるだろう。
葉山に強く抱きしめられて、男だとは関係なくこんなにも胸が昂っているというのに、もしここで唇を許してしまったら…… 俺はいったいどうなってしまうのか。
本当は、それが予想ができなくて怖かったからかもしれない。
「あ、そうだった……ごめん」
そう言うと、葉山は掴んだ腕を離した。
離れていく体の温もりが名残惜しい。
待って…… と言いたい気持ちを飲み込みながら空を見上げると、まつげに白い雪がちらついた。
「雪だ……」
「え?」
俺の言葉に葉山も空を見上げている。
「ほら、雪」
葉山の黒髪に、黒いコートに雪が落ちて溶けた。街灯の明かりに照らされて、速さを増していくのが見える。
「どうりで、寒いわけだ……」
ぽつりと言った葉山の吐息が、白く消えていく。
俺はどうしたらいい……?
何て言えばいい……?
自分がどうしたいのかわからなくて、沈黙の間、ずっと雪を眺めていた。
雪の結晶は次第に大きくなっていく。
「沢口、風邪ひくといけないから……もう帰ろうか……」
「え?」
高鳴っている胸が、一瞬、何かに鷲掴みされたようだった。
イヤだ!
と頭の中で叫んだ。
自分を気遣ってくれる葉山の優しい言葉が、今は、逆に寂しい響きに聞こえた。
いつものおまえらしくない。
今はもっと強引にしてくれたっていいのに——
このまま帰りたくない。
葉山と一緒にいたい!
気持ちが身体中を駆け巡り、弾けた。
「葉山、俺のアパートに……来て」
咄嗟に葉山の手首を引いていた。
考えるよりも先に行動していた。
葉山と一緒にいたい。
ただそれだけの思いが自分を駆り立てる。
早く——
この気持ちが変わらないうちに
降りしきる雪の中を、追い立てられるように、俺は葉山と走った。
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