第8章

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「沢口……」  顔を上げると、至近距離で葉山と目と目が合った。  葉山の通った鼻筋、長いまつ毛、黒い瞳。葉山から目が離せない。魔法で動きを止められたみたいだ。    葉山ってこんなにカッコよかったっけ。  性格といい、顔立ちといい、女性だけじゃなく惚れられても無理ないかも……  男の顔にこんなにも見惚れることがあっただろうか。  鼓動はずっと高鳴りっぱなし。顔も紅潮していくのがわかる。    次第に顔が近づき、吐息が触れる。    キスされる……    そう思った瞬間、俺は我に返った。     「っ……ここ、公園だろ……」  俺は、慌てて葉山の胸に右手を当てた。     公園というこの公共の場所で、二人ともどうにかなってしまいそうで怖かった。  今ここで制御しておかなければ……と本能的にそう思った。    きっと、葉山は、情熱的に唇を求めてくるだろう。  葉山に強く抱きしめられて、男だとは関係なくこんなにも胸が昂っているというのに、もしここで唇を許してしまったら…… 俺はいったいどうなってしまうのか。  本当は、それが予想ができなくて怖かったからかもしれない。   「あ、そうだった……ごめん」  そう言うと、葉山は掴んだ腕を離した。  離れていく体の温もりが名残惜しい。  待って…… と言いたい気持ちを飲み込みながら空を見上げると、まつげに白い雪がちらついた。 「雪だ……」 「え?」  俺の言葉に葉山も空を見上げている。 「ほら、雪」  葉山の黒髪に、黒いコートに雪が落ちて溶けた。街灯の明かりに照らされて、速さを増していくのが見える。 「どうりで、寒いわけだ……」  ぽつりと言った葉山の吐息が、白く消えていく。  俺はどうしたらいい……?  何て言えばいい……?    自分がどうしたいのかわからなくて、沈黙の間、ずっと雪を眺めていた。  雪の結晶は次第に大きくなっていく。 「沢口、風邪ひくといけないから……もう帰ろうか……」 「え?」  高鳴っている胸が、一瞬、何かに鷲掴みされたようだった。    イヤだ!  と頭の中で叫んだ。  自分を気遣ってくれる葉山の優しい言葉が、今は、逆に寂しい響きに聞こえた。    いつものおまえらしくない。  今はもっと強引にしてくれたっていいのに——    このまま帰りたくない。  葉山と一緒にいたい!  気持ちが身体中を駆け巡り、弾けた。 「葉山、俺のアパートに……来て」  咄嗟に葉山の手首を引いていた。  考えるよりも先に行動していた。    葉山と一緒にいたい。  ただそれだけの思いが自分を駆り立てる。  早く——  この気持ちが変わらないうちに  降りしきる雪の中を、追い立てられるように、俺は葉山と走った。
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