第8章

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 「沢口……」    アパートの玄関のドアがカチャリと閉じる。  いきなり、葉山に抱きすくめられ、心臓が飛び上がった。    「ちょっ……で、電気……」  暗がりの中、抱きしめられた不自由な体制で、壁に手を滑らせスイッチを探す。    あった——  明かりをつけた瞬間、葉山の瞳が近づき、「あっ」という声は葉山の唇に塞がれた。     「う……ん……」  瞼を閉じ、葉山の唇の感触を確かめた。呼吸に合わせ、そのまま唇を任せる。    キスをするときって、どういう角度なら鼻は当たらないのだろう……  ずっとそれが疑問だった。  でも、今は、そんなこと考える余裕すらなかった。    重ねた唇は、急激に熱を帯び、心を溶かしていく。    葉山の唇って柔らかいんだな……    鼻にかかる吐息、唇の感触、全て記憶がよみがえった。    ああ——  あのときのキスは、やっぱり葉山だった。  葉山の男らしい匂いも、香水と相まって記憶を刺激する。  ただ、あの夢の中で重ねた唇は、どこか切なくて、ぎこちなかった…… それが、今は、こんなに……激しく自分を求めてくる。  壁に追い込まれ、唇を強く吸われ、感覚が麻痺してしまいそうだ。    こんなに、葉山が、情熱的だったとは……    知らなかった——  葉山の激しさに驚きながらも、快感で心も体も埋め尽くされ、体の中心は紅潮し、熱を帯びていく。    「ん、んん……ふっ」  唇を合わせたまま、逃げようとする舌先を絡め取られた。葉山の舌先が口腔内で器用にどこまでも追いかけてくる。  電気のように何かがゾクゾクと背筋を走り、胸の奥深くに入り込んで、全身へと流れる。    こんな、濃厚な口づけは、映画の世界でしか見たことがない。  今、それを自分がしてみて、初めて、体から力が抜けてしまうのがわかる。  しかも、男のキスに、こんなにも感じている自分。  喉奥から出た声が、(なまめ)かしくて、自分の声なのかと疑うほど、恥ずかしい。  でも、それよりも葉山を受け入れたい気持ちでいっぱいだった。    俺も、ずっと、このキスを待っていたのかもしれない……    葉山がこんなにも激しく自分を求めてくれることが正直嬉しくて、胸の鼓動は最高潮に達している。葉山にも聴こえているんじゃないだろうか。    吐息も言葉までも葉山のものになっていく感覚。  めまいがするほど体の中心がジンジンと痺れ疼く。    ずっとこのキスに溺れていたい。   自分をこんなにも求めてくれる、男の息遣いが、胸を焦がし続けた。  
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