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第9章
あの夜から、ずっと夢見心地だった。
時折、葉山の唇の感触を思い出すと胸が疼く。重ねた肌の温もり。激しく交わした口づけ。体の隅々まで葉山の記憶が残る。
そのたびに、夢じゃなかったんだって、確かな気持ちで満たされていた。
もともと仕事は好きではあるが、今までの自分とはどこか違う。
デスクに向かっているとき、ふと背中に温かさを感じたり、振り向いて、葉山の真剣な姿を目にして嬉しくなったり、あの日を境に、仕事に向かう張り合いみたいなものが大きく変わっている気がする。
自分を好きでいてくれる人がいる……たったそれだけのことで人は変わるんだ。それは、きっと何かに守られている強さからくるのかもしれない。
葉山とは、他愛もないLINEや電話を交わしたり、職場では、誰にも悟られないように、二人だけにわかるアイコンタクトを取る。
クリスマスのあの夜からまだ3日しかたっていないのに、二人で交わしたメッセージはたくさんの文字で溢れていた。
「沢口君、今日は軽く打ち上げするからね」
「はい! 主任」
今日は仕事納めの日。
会議室で、マーケティング部全体での軽く打ち上げがある。
(今日、会いたい。途中、抜け出して一緒に帰ろう)
着信音に敏感に反応して携帯を見る。
葉山からのLINEだった。
フッとついつい、笑みをもらしてしまう。
(うん、いいよ)
即座に返事をうつ。
「沢ちゃん、なんかいいことあった?」
「え?」
森山先輩の鋭い視線をするりと交わし、パソコンと資料に向かう。
今日は、自分からちゃんと言おう
葉山に……
胸の奥がむず痒くて、頬が火照り出す。
頭と心は、もうすでに葉山との約束の時間へと飛んでいく。
胸が高鳴り、キーボードを打つ指先が弾んだ。
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