259人が本棚に入れています
本棚に追加
/70ページ
顔を洗い、鏡を見てシャキッと頬を2、3回叩き気合いを入れる。
あと、少しで完成だ。
俺は、明日みんなに見てもらうつもりでいた。
だから、どうしても完成させて帰りたいと思っていた。
「あ、主任、お疲れ様です」
トイレから出ると、廊下で主任と鉢合わせた。主任は丁度帰るところだった。
「沢口君、私も先に失礼するよ」
「はい、お疲れ様です」
「沢口君は、まだ、残るの?」
「あと少しで帰りますので」
「そうか、あまり無理しないでくれよ」
「はい、大丈夫です」
「そうか、じゃあ、お先に」
「お疲れ様でした」
主任の背中を見送り、足早に執務室に戻った。
部屋に入ると、誰もいない。シーンと静まり返っている。
つい先ほどまで明るかったマーケティング課のフロアーの照明が落とされ、1係のデスク付近だけが明かりで浮き上がっている。
一人だとちょっと寂しいかも……
この時間まで残業でひとりになるのは初めてなせいかもしれない。
それに、11月ともなると広い部屋がよけいにヒンヤリとする。
季節がそう思わせるのだろうか。
たった今シャキッと入れたやる気が萎みそうになるのを、よしっと気合いを入れる。
「うん?」
デスクに着くと、パソコンの近くに缶コーヒーが置いてあるのに気づいた。いつも自分が好んで飲んでいるホットコーヒー。
「温かい……」
今しがた自販機で買ったばかりのようだ。自分が席を外している間に誰かが置いたようだ。
「もしかして、主任かも」
外の夜景が差し込んで、部屋がほのかに明るく見える。
喉に落ちていくホットコーヒーがゆっくりと気持ちを温めた。
最初のコメントを投稿しよう!