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団地前で彼女にフラれた。
もう日もトップリ沈んでるけど、きちんと整備された道を等間隔で街灯が煌々と照らしてるから陰気さはないし薄暗さも感じない。吹奏楽部の彼女をいつものように待ってたから、こんな時間になった。
彼女の家は、俺の住む団地を抜けたまだ先。いつも彼女を家まで送ってあげるのが俺たちの平日デートになっている。今日もいつも通り、団地の中を通り抜けるはずだった。
だけど、俺んちの棟の前で彼女の足が止まる。
「ん? どうした?」
「もう、ここでいいよ」
「え、なんで? いいよ。いつも送ってんじゃん」
プルプルと首を振る彼女の長い黒髪がふわふわと宙を切る。 マフラーに埋まった顔。寒くて赤くなってる鼻先。色が白いから余計に目立っちゃうんだよな。ポケットのカイロを鼻にあててあげたくなる。
俯いてしまう彼女。俺がポケットのカイロを握り肘を引きかけた時だった。
「別れよ……」
ポツリと呟かれた声は凄く小さかったのに、マフラーに埋もれていたのに、嫌になるくらいハッキリと冷たい空気と一緒に俺を突き刺した。
「……ナンデ?」
「先輩と一緒に居たくて」
直球だった。これは完全にノックアウト。完膚無きまでとは今の俺の事だ。縋ったりもがいたりする余地なし。俺は野球も、ボクシングもした事がないインドアな文化部だ。だけど、すげぇカーブのデッドボールをみぞおちにくらって、カウンターフックが顎にクリーンヒット。それくらい言えば俺のダメージが伝わるだろうか。
先輩の話はだいぶ前から聞いていた。
吹奏楽部の先輩で、彼女と同じ管楽器らしい。一年の頃から、一緒に練習して教えてもらって、いい先輩だって言ってたっけ。
なんで今更?
そんな詮索も、彼女の言葉の前には意味を失ってしまう。何が原因かじゃないんだ。彼女の言葉は、今の……これからの彼女の願いなんだから。
なんて頭の良い子だろう。
俺に出来るのはたった一つ。
「……そっか、わかった」
これは強がりでもなんでも無い。実際俺は理解し受け入れた。
「うん、ごめんね」
「うん」
バイバイも無しに、クルリと背を向ける黒髪が軽やかに宙を舞う。彼女は顔を上げ、もう真っ直ぐに前を見ている。
……そっか、わかった。
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