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「ただいま」
ブースを片付けたらそのまま帰るつもりだったのに、途中で同人誌を購入したという女性たちにつかまってしまった。
話を聞いているうちに時間は過ぎ、家に戻れたのはもう辺りも薄暗くなり始めた頃だった。
拓海の部屋を覗くと、彼はいつもと変わらずデスクに向かってPCのキーボードを叩いていた。
「遅くなってすまない。すぐに夕食の準備をする」
「おう。悪ぃな。代わりに何か用意しといてやれたらいいんだけど」
料理はてんでダメで、と笑う拓海は、明るいとは言い難いが百合乃と知り合う前の笑顔を取り戻しつつあった。
このまま忘れてくれればいいと思いながら、キッチンに向かう。
その時、スマートフォンがメールの着信を知らせた。
百合乃からだ。
イベントお疲れ様、という労いの言葉から始まり、本当は会いに行きたかったとか、仕事で抜けられなかったとか。
長々と書かれた言い訳がほとんどのメールを、海斗は大して確認もせず返信画面に文字を打ち込んでいく。
『残念だったな。仕事お疲れ様。俺も会いたかったよ』
優しい彼氏の理想的なメールを送信し、電源を落す。
まだだ。
もっとじっくり、
彼女が完全に海斗を好きになって、海斗しか見えなくなって、
そう、
“結婚“なんて夢が、リアルに現実に変わり始めた頃。
そんな幸せの絶頂にたどり着いたら、
崖から突き落としてやろう。
拓海を嘲笑った時の百合乃と、同じ表情で。
落ちていく君を、見送ってあげよう。
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