第1章 回顧

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「お待たせ♪」あいつが缶コーヒーを持って帰ってくる。 「コーヒー買うだけで時間かかりすぎだろ」 「迷っちゃって」と右横に座る。 「ブラック飲むんだね」 「ばかにしてる?」一口啜るが、我慢しているのがはっきり分かる。 子供の声がする。半ズボンの男の子とミニスカートの女の子。小学校は下校の時間だ。 「何年生かな?」 「二年生くらい?」 「二年生って……八歳だっけ?」 「そうだな」指を折って確かめる。 「十年前か……」二桁になると、もう昔だ。 小さな二人がブランコをこぎ始める。リズムよく甲高い声を上げながら遠心力に支点は耐える。振れ幅はどんどん大きくなっていく。 「で、俺の分は?」 「ん?」 「コーヒー」 これ、と言うかのように右手を上げる。その手には一本の缶コーヒー。 「さっき飲んだヤツだろ?」 うん、と首を縦に振る。 「自分のは?」 「これ」 「俺のは?」 「……これ」 ブランコはキー、キーと声を漏らす。 「普通二人分買ってこないか?」 「普通、男が買ってこないか?」 「……」冷たい風がまばたきの量を増やす。 「迷ったって言ったじゃん?」 「ああ」 「一本買うか、二本買うか……」 少女は立ちこぎを始める。スカートの乱れなど微塵も気にしていない。 「飲む?」そっと右手を差し出す。 しょうがないな、という顔をして受け取る。目線を逸らして、必死に顔をつくる。 空白の三年間を一気に縮めてくる。距離感がつかめない。 あいつはモテる方の部類だ。彼氏がいた時期もあった。高校でもそうだったかもしれない。 訊けない。知りたいけど、知りたくない。 「久しぶりにブランコ乗ってみようかな」 「その恰好で?」あいつのスカートの短さも少女と大した違いはない。 「半ズボン履いてくる?」 「やだよ」 まだ似合うよ、とあいつは笑う。あいつの笑顔には裏がない。 「……変わってないね、私たち」 「……変わったよ、お互いに」 もう二人とも子供じゃない。昔とは違う。 幼馴染で遊び友達。いつしかそれは、男女に変わる。 互いに相手の知識が増える。触れられない部分を知る。 距離をはかって、気持ちを察して、反応を見て、言葉を選んで。 もう理由なく手を繋ぐこともない。話すだけで周りの目に気を遣う。 二人とも大人になった。 「変わったけど、変わってないよ」 一口、コーヒーを流し入れる。 「きっとこれからも変わらない」 そうだな。 苦くて甘い味がした。
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