第11章

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 掃除や洗濯などを一通り片付けると俺はいつものようにベッドの傍らに座り込み、霧生さんの手を両手でそっと握り締めた。少し冷たい手はもちろん無反応で握り返してはくれない。  俺は小さくため息をつくと、そっと顔をのぞきこんだ。  最近、霧生さんの顔色は良くなってきている。腹部も脚も見た目では元通りの状態に近い。  安らかな寝息を聞いているとすぐにでも起きて俺に笑いかけてくれるんじゃないか、なんて気さえしてくるのに。 「霧生さん……いい加減目、覚ましてよ」  祈るような気持ちでみつめても、霧生さんがそれに応えてくれることはない。  もうすっかりおぼえてしまった。意外とまつげが長くてくるんとカールしていること。眉毛の中に小さなホクロがあること。顎のところに昔の傷痕らしきものが少し残っていること。それらの一つ一つがいとおしくて。 「俺をこんなに夢中にさせておいて、死ぬなんて絶対許さないからな」  なんだか、急にたまらない気持ちになって俺は霧生さんの顔に唇を寄せた。  最初はそうっと唇の先を掠める程度に。そのうちゆっくりと唇全体で霧生さんの唇を食むように優しく挟み込む。柔らかい感触を十分に堪能すると満足して、そのまま霧生さんの胸に頬を押し当てて目を閉じた。  悪い事をしているような後ろめたい気持ちになるが、これくらいは許してほしい。 「王子様のキスで目覚められるなんて、光栄だな」 「えっ……きっ……いっ……!」  急に降ってきた声に驚いてがばっと身を起こすと、霧生さんは眩しそうに目を細め、俺が握っていないほうの手で髪をかきあげた。その動作があまりにも自然で普段通りで、今まで死んでしまったように眠っていたのが嘘みたいで、感極まった俺はまたしてもぽろぽろと涙が溢れてくるのを止めることができなかった。
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