第2章

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 バイトがあることを告げると、その焼肉店は午前二時半までやっているとかで、ちょっと遅めだけどバイトが終わる二十三時半に駅前で待ち合わせということになった。  いちおう連絡先を、と言って渡されたカードには『霧生 克佳』と書いてあった。  そうなのだ。コイツにだって名前くらいはある。いつまでもエロ医者呼ばわりでは申し訳ない。なんといっても、ただで焼肉を喰わせてくれるというのだ。霧生さん、くらいに格上げしてやってもいいだろう。  それからの俺は、鼻先にニンジンをぶらさげられた馬のように猛烈に行動した。  献血ルームをあとにして激安スーパーで特売品の豆腐と茄子を買い込み家に帰る。  我が家は、駅からは少し遠いが静かな住宅街に建っている。築三十五年の二階建てのボロアパートだ。そこの一階の一番奥の部屋が俺たち七人家族の住まい。 「ただいまー」  狭い上に靴だらけの玄関で靴を脱いでいるとすぐに三男と四男の優太と健太がどたどたと駆け寄ってきて何やら騒いでいる。二人は双子の小学五年生。顔もそっくりなら性格もそっくりなので大概は仲良く遊んでいるが、衝突するとどちらも一歩もひかないので大変だ。 「にーちゃん! 俺のが高いよね?」 「俺のが高いに決まってんだろ! このチビ!」  どうやらどちらの背が高いかでもめているらしい。傍から見ればどっちもどっちなのだが本人達にとってはたった数ミリでも相手との差異を見出したいようだ。  両手にスーパーのレジ袋を抱え、二人の言い合いを適当に聞き流しながら台所兼食堂に入ると、妹の美咲が携帯で友達と喋っている。今年は中学三年生で受験だというのに妙に色気づいてきた。たった一人の女の子とあって、両親も彼女を甘やかすものだからわがままで困る。二日間のハンストの結果、兄弟で唯一携帯を買ってもらうことに成功したのだ。
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