第2章

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 バイト先の居酒屋で皿を洗っている時も頭の中は焼肉のことでいっぱいだ。  そう、あれは忘れもしない小五の夏休み。  クラスメートの上田くんの家に泊まりに行ったら、夕飯に焼肉をだしてくれたのだ。その時、俺はホットプレートなるものの存在を初めて知った。食卓の上に、どんと置かれたホットプレート。そしてその上に整然と並ぶ肉たち。  テンションマックスで鼻息を荒くさせながらその光景を眺める俺に、「遠慮なく食べてね」と言う上田くんのお母さんが神のように輝いて見えたとしても、それは仕方ないことだろう。  あの時食べたカルビのとろけるような舌触りと甘い脂の感じといったら、天にも昇るほどの至福の味わいだった。思い出すだけでも、よだれが出てきそうだ。  ぐふふ、と不気味に微笑む俺をバイト先の先輩が怪訝そうに見ているのに気づき、慌てて皿洗いを再開する。そうして、何度も何度も壁の掛け時計にちらちらと目を遣り、閉店の時を待った。幸い、閉店後も居座ろうとする酔っ払いの姿もなく後片付けや掃除、ゴミ出しなども実に迅速に行うことができた。  ロッカールーム兼事務室でそそくさとコック服から私服に着替えると、俺は「お先に失礼しまーっす」といつもより元気な声で挨拶をして店の裏口から飛び出し、停めてある自転車に飛び乗った。  霧生さんと待ち合わせをした駅前のロータリーまではほんの五分ほどだ。逸る気持ちが抑えきれない。いつもバイト帰りは重い足取りが、今日は軽快にペダルを漕いでいる。
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