第2章

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 ごちゃごちゃと並ぶ違法駐車の自転車の列をかわしながら目的地に近づくと、霧生さんの姿をすぐに発見することができた。  献血ルームでは白衣姿だったが、今はかちっとした上質そうなスーツを着こなしている。あまりの印象の違いに最初は彼だと気づかなかったくらいだ。中に着ている紫色の光沢のあるシャツも、下品にならずかえって男前をあげているのはこの人の端正な顔立ちのせいだろう。  髪はボサボサ、身に着けている物は上から下まで激安量販店、という俺とは大違いだ。 「……お待たせしました」 「よかった、すっぽかさずにちゃんと来てくれたね」  気後れしながらも俺が声を掛けると、嬉しそうに目を細めて笑った。 「約束は守る人間なんで」  焼肉が絡んでいなかったらすっぽかしていただろうけど、それは内緒だ。 「んじゃ、早速行こうか」  霧生さんは、そう言うと傍らに停めてあったメタリックシルバーのジャガーのドアに手をかけた。 「車で行くんですか?」 「うん、ここからちょっと距離あるし」  ――まさか、いきなり拉致られたりしないよね? 「焼肉はやめにする? 何か他のものでもいいよ」  俺が不審に満ちた目で睨んだので察したようだ。  しかし、俺の胃袋は焼肉への期待感でいっぱいだ。他の選択肢はあり得ない。 「いえ! 俺、焼肉がいいです! 焼肉屋の煙だけでも飯三杯はいけますし!」 「いや、肉食べていいからね……」  うん、そうだ。焼肉食い終わったら、猛ダッシュで逃げたらいいんだ。何も問題はないはずだ。  俺は覚悟を決めて助手席に乗り込んだ。
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