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「医者なんていくつもある職業のうちの一つにすぎないよ。変な幻想は抱かないほうがいい」
からかうようだった霧生さんの声が急に真剣味を帯びたので、思わず顔を上げた。まっすぐな視線にぶつかり目を逸らせなくなる。
すっかり忘れていたが、この人もいちおう医者のはしくれだった。
「霧生さんは、どうして医者になろうと思ったんですか?」
「……昔の事すぎて思い出せないな」
過去に医師としての存在理由を考えさせられるような出来事でもあったのだろうか――。
霧生さんは何かを思い出すように目を細めると、寂しげに笑った。
わざと人を試すような事言ってみたり、からかったり、はぐらかしたり。かと思えばそんな風に寂しそうに笑ったり……。その度に俺は気持ちをかき乱されて振り回されて、目を離せなくなってしまう。
そして、今日初めて会ったばかりだというのにこの人のことをもっと知りたいと思ってしまう。
この人の心の中に何があるのか、いろいろなすべてのことを知りたいと思ってしまう。
もっとこの人と一緒にいたい。
もっとこの人に近づきたい。
もっとこの人に俺を知ってほしい。
もっと、もっと――
……って。
な、なな何考えてんだっ俺!
こいつが、愛人だなんて俺を惑わすような事言うから悪いんだ!
あやうくまた向こうのペースにひきこまれるとこだった!
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