第3章

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「何一人で赤くなってるの?」  俺はそんな胸の内を悟られてはなるまいと、必死で網の上の肉を反転させまくった。 「霧生さん、さっきから全然箸進んでないみたいですけど? 食べないんですか? 焼けてますよ」 「ん? 俺もう今日の分は食べたし。いいよ、気にしないで」 「食べたって、まだ一口も……」  タレがはいった小皿は綺麗なままだし、よく見ると割り箸すら割ってない。 「あ、家で食べてきたんですか?」  待ち合わせた時間が時間だし、夕食を済ませてから来て、俺に焼肉おごってくれているのだろう。ちょっと悪いことをしてしまった。 「いや、昼間君から」  また話があさっての方向に飛んでいっているらしい。 「血をいただいたから」 「えぇ、献血。行きましたけど……?」  ちょっと眉を顰めて困ったような顔をしている。 「遠藤くん、ヴァンパイアって知ってるよね」 「吸血鬼ですよね、ドラキュラとか」  こっちだって話が見えなくてイラっとしてんだ。 「うん、それ」 「はぁ」 「だから、俺がそのヴァンパイア」 「はぁっ!?」  箸をぱらりと落としてしまった。もちろん今度こそ、カルビもおっこちた。  俺は一体、今日一日で何回この人に「はぁっ!?」と言わされているんだ。  この人は絶対に、突拍子もないことを言って人を驚かせることを趣味にしているに違いない。そんなのにいちいち乗っかっていたら、こっちの身がもたない。落ち着け、落ち着け、と心の内で唱え、一つ深呼吸をした。
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