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「……普段は献血用に採取したものをあとでこっそりちょろまかしていただいてるんだけどさ」
しばしの沈黙のあと、霧生さんが口を開いた。
医師にあるまじき行為だということはこの際、おいておこう。
「君があんまりにも純真で無垢でおいしそうだったからどうしても直接飲んでみたくなって」
いたずらっぽく笑う口元からキラリと鋭い犬歯が覗いた。そんなものを見せられたら信じそうになってしまう。
「あ、でもじゃあ昼間に出歩いたりできないんじゃないですか? 太陽の光を浴びたら砂になっちゃうっていうし」
「いや、それ映画かなんかの設定でしょ。実際は人間社会にちゃんと溶け込んでるよ。もちろん十字架も効果はない」
「あ、あ、ニンニクは!? 俺、今ちょーニンニク臭いかも。ハァーッってしたらヤバかったりします?」
「なんだったら試してみる?」
いきなり首の後ろに手を回されぐいっと引き寄せられて綺麗に整った顔が目の前に迫る。もう少しで唇が触れてしまいそうな距離。それなのに俺はまるで猛獣に射竦められた小動物のように動けない。
「ほら、息吐いてみて?」
吐息が微かにかかり一気に頬が火照る。間近にある霧生さんの瞳は光の加減なのか虹彩が金色に光って見える。じっと見つめられていると惹き込まれてしまいそうで怖い。今までの和やかな空気がガラリと色を変えてしまい、そのあまりの変化にくらくらと目眩がしそうだ。
このままでは確実にやばいことになる。俺の本能がそう告げている。
アヤシイというかエロいというかそういう雰囲気を打ち消そうと俺はわざと大げさに騒いでみせた。
「わー! いいです、いいです! 信じます、信じますから!」
霧生さんはくすくす笑いながらやっと顔を離した。
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