第7章

7/13
前へ
/122ページ
次へ
 家に戻ったのは午前九時を少し回った頃だった。家族の皆は、学校や職場にいる時間だ。俺は後ろめたい気持ちでオンボロアパートの玄関ドアをそろりと開けた。 「ただいまー……」  誰も返事をする者などいないとわかりつつも、いちおう小声で呼びかけてみる。  スニーカーを脱ぎかけたところで、俺は自分の異変に気づいた。  目の前の景色がどんどんと暗くなっていき、まるでテレビのノイズのように世界が霞んでいく。たまに起こす立ちくらみにも似ているが、それよりも遥かに強烈な眩暈が襲った。ガンガンと耳鳴りもして足元もふらつく。まともに立っていられなくなって、下駄箱に寄りかかり荒い呼吸を繰り返した。  しばらく堪えていると波がすぅっと引いていくように眩暈は治まったが、胸の中にいいようのない焦燥感とも喪失感とも言い難い、なんと表現したらよいのかわからない不安のようなものがくすぶり続けていた。一体、今のはなんだったんだろう。とにかくこんなことは初めてだった。 「さすがに無理したのが祟ったのかな……」  俺はひとりごちると、力を振り絞り服を着替え、慌しく大学へ向かった。  大学ではいなかった時の授業のノートを米倉が貸してくれたし、バイト先でも何事もなく仕事に打ち込んだ。  母さんも弟達も何事もなかったようにいつも通りで、霧生さんの超能力とやらが働いているにしても拍子抜けしてしまう程だった。でも、いろいろ根掘り葉掘り聞かれても答えに窮していただろうから、それで助かったと言えば助かった。  俺の中ではいろんなことが変わったというのに世界は呆れるくらい以前と変わらず、俺は流されるように忙しい日常に戻っていった。
/122ページ

最初のコメントを投稿しよう!

638人が本棚に入れています
本棚に追加