第7章

13/13
前へ
/122ページ
次へ
 心のどこかでは薄々気づいていた。  愛人になれって言ったり、優しい目で俺のこと見てくれたり、キスしたり、……えっちしたり。  だけど霧生さんは一度だって俺のことを好きだなんて言ったことはない。  口に出した言葉だけが全てだとは思っていないし、言葉にされない思いがあるってことは知っている。けれど、それとは違う。  俺だってそんなに恋愛経験が豊富な訳ではないが、これが自分が好きな人間に対する接し方ではないというのはなんとなくわかっていた。違和感はずっと感じていた。  周囲にバリアを張り巡らせて、一歩下がったところにいるような、手が届きそうで届かない微妙な距離感。霧生さんがどこか掴みどころがなくて飄々として見えるのはそんなことにも起因していたのかもしれない。  身体を重ねればもっと近いところに行けると思っていた。あの時、一瞬でも霧生さんの心の内側に入れたと思ったのは間違いだったのかな。  所詮俺なんかじゃ霧生さんの心の支えにはなれないのかな。  なんだよ、えっちした後音沙汰なしって。金渡してそれで解決しようとするなんて。それじゃ俺、ほんとうに性欲処理の単なる愛人じゃん。  荒い息のまま自転車のチェーンを外し跨ると、俺は溢れそうになる涙を必死に噛みこらえながらペダルを漕いだ。
/122ページ

最初のコメントを投稿しよう!

638人が本棚に入れています
本棚に追加