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第8章
計器類が整然と並び薬剤の匂いの漂う無機質な実習室。そこに響くのは教授の張りのある声とシャープペンで文字を書くこつこつという音だけ。
白衣に身を包んだ十数人の学生はみな一様に、単位を取るのが難しいとか試験が難しいとか噂される教授の講義を一言も聞き漏らすまいと必死にノートを取っている。
『――グロブリンは免疫機能、アレルギー反応等に影響する。それらが何らかの原因で異常に増加したり、減少することにより身体に様々な症状が現れる。一例として多発性骨髄腫などが挙げられ――』
俺も多分にもれず機械的に手だけは動かしているが、内容は全く頭に入ってきていない。
時折、思考をあさっての方向に飛ばしては、はっとして再びペンを動かす。そんなことの繰り返しだ。
最近は家でも同様で、洗い物をしている時や洗濯物を干している時にぼんやりして弟たちから指摘され母さんには心配され、「何でもない」と誤魔化すのに一苦労だ。
実際、カラ元気でもなんでもなくてどんなに忙しく動き回っても疲れ知らずで身体の調子はすこぶるいいのだ。
ただ、心にぽっかりと穴が開いてしまっただけ――。
あれから霧生さんからの連絡はない。きっと呆れてるんだろう。勝手に自分が特別な存在だと勘違いして、勝手に職場に押しかけて、勝手に大声だしてキレて逃げ出したんだから。
このままではいけない、もう一度会ってちゃんと謝らなくちゃいけない、とわかっていてもいざとなると怖い。またあんな冷たい態度を取られたら、自分があの人にとって大した存在じゃないと確信させられてしまう。
俺にとっては、ほんの数ヶ月で俺に強烈な印象を残し、ほんの数ヶ月で大きな存在となった人だというのに。
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