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霧生さんのマンションには一度来たきりだったが案外すんなりと辿り着けた。きょろきょろと様子を伺いながらエントランスに入ると、管理人室の小窓から管理人さんが顔を出し訝しげにこちらを見ている。不審者として通報でもされてはたまらないので俺はすぐさま踵を返し、外で待つことにした。
玄関の植え込みの影に目立たないように座る。ここなら駐車場に入る車もよく見えるから霧生さんが帰ってきても見過ごすことはないだろう。一息ついて少し落ち着くと、再び俺はいろんなことをぐるぐると考え始めた。
『まずどうやって霧生さんに切り出そう』
『先にこの前のことを謝ったほうがいいよな』
『やっぱ、電話にしておけばよかったかな』
『こんなとこで待ち伏せしていきなり現れたらストーカーみたいだし、この前みたいに迷惑がられるんじゃないか』
『また冷たくあしらわれたら立ち直れないだろうな』
自分の体に何か重大な異変が起こっているかもしれないというのに、気にかかるのは霧生さんの反応ばかりだ。
我ながら相当にイカれてる。
落ち込んで膝を抱え込んでいるとぽつりと首筋に冷たいものが当たった。のろのろと顔を上げるとアスファルトの濡れる匂い。ぽつりぽつりと雨が降り出していた。
天気予報では夕方から雨だと言っていたが少し早まったらしい。
こんな時に限って傘を持っていない自分の運の悪さまで呪いたくなってくる。
それでも俺は場所を移動する気にはなれずその場に蹲っていた。
こうなったら意地でも霧生さんが帰ってくるまで待ってやろうと思った。うじうじと悩んでばかりいても何も変わらない。ちゃんと今日で決着をつけようと心に決めた。
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