第8章

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 どれ位意識に空白の時間があったのかわからない。でも、たぶんほんの数秒のことだと思う。  ザーザーと降りしきる雨の音とカラカラと自転車の車輪が空回りする音がまず意識の中に入ってきた。  それから、閉じた瞼の端に赤い光がちかちかと点滅するのが見え、顔に雨粒があたるのを感じた。  一瞬自分がどういう状況にいるのかわからなかったが徐々に「あぁ、交通事故に遭ったんだ」と思い至った。  そして、冷たいアスファルトに仰向けに倒れている自分に何か重いものがのしかかっているのに気づく。嗅ぎなれたコロンの香りに誘われ、ゆっくりと目を開けると霧生さんの心配そうな顔があった。 「……大丈夫?」  訳がわからないままコクコクと頷く俺を見て、霧生さんはほっとした表情を浮かべ上半身をゆっくりと起こした。  ハザードを点けた車から慌しく人が降りてきて俺たちに近づくと、おどおどとした様子で「だ、大丈夫ですか?」と聞いてきた。この気の弱そうなサラリーマンの車が俺に接触しかけたのだろう。 「すみません、急に飛び出されたものでブレーキが間に合わなくて……」  こちらが何か言い出す前に必死に言い訳を繰り返している。 「えぇ、こちらは大丈夫ですよ。雨で少し汚れましたがね、大した事はないです」  霧生さんがにこやかにそう答えると、サラリーマンはそそくさと財布から名刺と一万円札を取り出し「じゃ、えとこれクリーニング代と、何かあったらここに連絡ください」と言って逃げるように車に戻っていった。呆然とその様子を見ていた俺だったがさすがにそれは違うだろうと、声を荒げた。 「ちょっ……! 待てよ! いくら怪我がないからって交通事故起こしたんだぞ! 逃げんなよ!」  立ち上がり追いかけようとする俺を霧生さんが止めた。 「いいんだ。俺が何でもないって暗示をかけたんだ」 「なっなんで、そんな事……!」  訳がわからず、掴まれた腕を解こうと振り返って俺はやっと霧生さんの異変に気づいた。
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