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「霧生さん……?」
「……悪いけど部屋まで連れて行ってくれるかな。足がイカれたみたいだ」
妙な具合に曲がりズボンの上から見てもはっかりわかるほど膨れ上がっている脚は触ってみるまでもなく折れている。親父が交通事故を起こした時の映像がフラッシュバックして、頭の中でがんがんと警鐘を鳴らし始めた。
「きゅ、救急車! すぐ呼びますから!」
慌てて携帯をデイパックから取り出そうとして、さっき玄関に置いてきてしまったことに気づく。
「公衆電話……!」
立ち上がろうとするのをまたしても優しく押し留められる。
「霧生さん!」
「救急車はだめだ」
「何馬鹿なこと言ってるんですか! すぐ病院に行かないと!」
「ヴァンパイアが病院で治療なんか受けれるはずないでしょ? この体は人間とは違うんだから。正体がばれてしまうよ」
「でも、こんなひどい怪我……!」
「大丈夫。君は何も心配しなくていい」
くしゃりと頭を撫でられ、俺はやっと呼吸することを思い出したように深く息を吐いた。不思議な事にそれだけで随分と冷静さを取り戻した。
きっとこれ以上何を言っても霧生さんは聞いてくれないだろうし、それならここで言い合っているよりも、ちゃんと処置ができるような場所に早く移動したほうがいい。俺はそう観念して、大人しく霧生さんに肩を貸して部屋に戻った。
ベッドに横にさせるその間にもどんどん霧生さんの顔は青ざめていく。呼吸もずっと激しくなってきた。
「霧生さん、もしかして、脚だけじゃなくて他にもどこか……」
「うん、たぶん肋骨が二、三本と内臓もやられてるだろうな」
霧生さんは他人事のようにそう言いながら枕元に置いてある電話の子機に手を伸ばすと、息を詰めて見守る俺の前でどこかに電話を掛け始めた。
「大槻か? 悪いけどちょっと来てくれないかな。トラブった……」
電話の相手にそれだけ告げると、霧生さんは全ての力を使い果たしたかのようにぷつりと気を失ってしまった。
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