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その人は俺を見て一瞬、驚いたように目を瞠ったがすぐに柔らかい笑みを浮かべた。
「霧生の友人の大槻です。彼に呼ばれて来たんだけど勝手に入ってよかったかな? 人がいるとは思わなくて……」
目の前にいる人物が先ほどの電話の相手だとわかると、ふっと緊張の糸が緩んだ。
「あ、俺は遠藤といいます。霧生さんとは、あの……」
自分たちの関係をどう説明したものか、と口ごもる俺を横目に大槻さんはベッドに横たわる霧生さんに近づいた。
「これは酷いな……」
そう呟いてベッドの傍らに跪く。そして霧生さんの手を握り締め、祈りでも捧げるかのようにその手を額に押し当てた。
すると、周囲の空気がすぅっとひいていく感じがして背筋がぞわりとした。何か宗教的な物にふれた時にも似た、神秘的で荘厳な雰囲気が漂う。
その光景を見て俺は言いようもない安堵を覚えた。何の根拠もないけれど不思議と『これで大丈夫なんだ』と思えた。
でもその一方で、胸の中にどろどろとした不愉快な感情が生まれるのも感じていた。
二人から目を逸らしてしまいたいような、それでも見ていなくてはいけないようなジレンマ。
それが醜い嫉妬から来るものだと自分でもわかってる。
霧生さんにはこんな状況になった時に、すぐに駆けつけてくれる信頼できる人物がちゃんといたんだ。
何も知らないまま、自分が霧生さんのことを一番わかっていて一番近くにいる存在だと自惚れていい気になっていた。
俺にはそんな資格ないのに。
立ち入る隙なんてないのに。
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