第9章

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「……と、その前に。遠藤君も濡れてるね。シャワー浴びてきたら?」  そう言われて、はたと自分の体を見回した。たしかに着ている服はもう自然に乾いてきているものの髪はまだ少し湿っぽい。霧生さんのことで頭がいっぱいで自分のことを構っている余裕がなかったのだ。 「んー、たしかこの辺にタオルがあったと思うんだけど」  大槻さんはそう言いながらクローゼットの扉を開けたが、中は見事に何も入っていなかった。 「あれ? おかしいな。いつもタオルはここにあったんだけど……。なんで空っぽ?」  霧生さんは大槻さんにも引越しのことを話してなかったらしい。 「霧生さん、新しい仕事が見つかったとかで引っ越すらしいんです」  大槻さんが何か探るような怪訝な目を向けたので、俺は慌ててさっき霧生さんの体を拭く時に探し回って見つけたタオルの入ったダンボール箱を指差した。 「あ、タオルならこっちのダンボールの中にあります」 「じゃあ、タオルはこれ使って。服はちょっと大きいけど霧生のを借りたらいいし。とりあえず、体をちゃんとあっためてきて。話はそれからね」  大槻さんは有無を言わさずタオルと服を俺に手渡すと、風呂場に向かわせた。後からいろいろ質問されそうだけど、その時はその時だ。なんとか霧生さんに迷惑がかからないようにだけはしないと。  温かい湯を浴びて、初めて自分の体が冷え切っていたことに気づいた。  じわじわと指先や足先が温まるにつれ緊張していた心も解きほぐされていくようだった。
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