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「コーヒーでよかった?」
風呂から上がり居間に戻ると、大槻さんはどこから見つけ出してきたのかコーヒーを淹れていた。コポコポとコーヒーメーカーの立てる音が重い空気を少しばかり和らげてくれている。
大槻さんはこの家にとてもよく馴染んでいるように見えた。遠慮がない感じが霧生さんとの距離の近さを感じさせる。俺はまた、思考が負の方向に向かいそうになるのを押さえ込み、ソファに腰を下ろした。
差し出されたコーヒーを一口飲むと、やっと人心地着く。
「霧生も水臭いよな、僕には全然報告なしだ。引越しのことも契約のことも。こんな大事な事。お祝いだって言いたいのに」
「引越しはともかく、俺との契約は別に大した事じゃないですよ。なんていうか、ほんのちょっとしたはずみみたいなもんですし」
笑顔をひきつらせながらも軽い調子でそう言い訳する俺に、大槻さんは怪訝そうに眉を顰めた。
「おかしいな。さっきも変だと思ったんだけど遠藤くんは霧生から契約のこと聞いてないの?」
かちゃりとコーヒーカップを置くと、少し身を乗り出してくる。
「聞きましたよ、ちゃんと。ヴァンパイアと契約を交わした人間はその恩恵として身体能力が少し向上するって」
「それだけ?」
「それだけ、ですけど……」
大槻さんは俺の目をじっと見据え、何か思案する様子だったがやがて再び口を開いた。
「霧生が何を考えているのかわからないけど……わざと君には伝えなかったみたいだね。だけど、君は知る権利があると思うし、霧生のためにも知っておいてほしいから話すよ」
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