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マンションを出ると雨はすっかり上がっていた。深夜の住宅街は人影もなく、しんと静まりかえっている。今日一日がまるで嵐のように過ぎ去ったのでなんだかとても不思議な感じだ。
事故の後、その場に置きっぱなしにしていた自転車は誰かが片付けてくれたらしく歩道の脇に寄せられていたが、前輪が少し歪んでいて乗れそうもない。
仕方なく自転車を押しながらとぼとぼ歩いて家を目指す。
一歩一歩足を動かす度、大槻さんから渡された合鍵がポケットの中でチャリチャリと小さな音をたてている。
成り行きで受け取ってしまったけど、これはちゃんと返そう。あのマンションにだってもう行かないほうがいいんだ。
大槻さんはああ言ってたけど、仮に霧生さんに誰かの支えが必要だとしても、それは俺なんかじゃない。
霧生さんは俺を生涯に一度きりのたった一人のパートナーに選んだわけじゃないんだ。ただ、憐れみとか同情で契約を結んだだけ……。
「バカだよ、霧生さん」
そんな大事な一回こっきりの契約をドブに捨てるみたいにして、俺に使っちゃって。変な仏心だしたりするから俺に付きまとわれたりするんだ。その上、何も言わずに去ろうとするなんて、人が良過ぎるにもほどがある。一言、鬱陶しいからもう近寄るなって言ってくれたらよかったんだ。そしたら俺だって、ちゃんと吹っ切れたのに。
「ほんと、バカだよ……」
考えているうちに、いつのまにか家に辿り着いた。
寝静まった家族を起こさないよう手早くパジャマに着替え、そっと自分のベッドに潜り込む。
目を瞑りじっとしていても睡魔はやってこない。それどころか、またいろんな思いがぐるぐると頭の中で渦を巻いて、かえって目が冴えてしまった。
霧生さんのために、俺ができることはもう何も残っていないのかな。
潔く身をひいたほうが、霧生さんのためになるのかな。
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