第3章

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第3章

「小学二年生の夏休みに、仕事で長距離に行く父に頼み込んでトラックに乗せてもらったんです。普段は『お兄ちゃんなんだから』って甘えることもできなかったけど、その時だけは父を独り占めできることが嬉しくて、はしゃぎすぎて、困らせて……」  当時の映像が頭にはっきりと浮かび上がり、俺は思わず目を閉じた。 「高速の中央分離帯につっこんだんです。原因は前方不注意。俺はダッシュボードの下にもぐりこんでいて幸いかすり傷で済んだんですけど」  子供心にも俺は自分を責めた。  自分が騒いだせいで、気を取られた親父がハンドル操作を誤ったのだ。自分さえわがままを言わなければ親父はこんな目に合うことはなかったのだ、と。  救急車の中で一人、人工呼吸器をつけられどんどん土気色になっていく親父の顔を見ていた。  一緒にいる救急隊員の逼迫した様子から、かなり危険な容態だということは伝わってきた。  病院に着くと、担架に乗せられて慌しく運ばれていく親父を呆然と見送ることしかできなかった。 「こわくてこわくて涙すら出なくて、ただがくがくと震えていた。手術室に向かう途中だった医師がそんな俺に気づいて『大丈夫。君は何も心配しなくていい。お父さんは必ず助けるから』と言って俺の頭を撫でてくれたんです。その手は大きくて温かくて、不安と恐怖と罪悪感で押しつぶされそうだった俺を不思議なくらい勇気付けてくれて」  霧生さんは相変わらず頬杖をついて聞いていたが、下を向き何か考え事でもするようにどこか遠くを見る目をしていた。
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