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第7章
微かな物音で眠りから覚めた俺は、ドアの隙間から漏れるわずかな光の中で目を凝らした。なんだか白いベールでもかぶっているようによく見えないが、それでもここが雑然とした自分の部屋でないことはわかる。
ここどこだっけ……?
体をゆっくり起こしてみると、自分が見たこともないパジャマに身を包んでいることに気づく。
ふわりと鼻をかすめる柑橘系の香り。
「そうだ。俺、霧生さんとこ来てたんだ……」
まざまざと記憶が蘇ってきて、かーっと全身が熱くなる。そのまま記憶を捏ね回していると身体的にヤバいことになりそうだったので、俺は異様に重い体をそろそろとベッドから降ろした。
廊下に出ると、キッチンのほうからカチャカチャと洗い物をしているらしき音が聞こえる。
こういう場合、どんな顔してどんな風に声かけたらいいんだろ……?
「霧生さん……」
俺がしおらしく蚊の鳴くような声で呼びかけると、霧生さんは何か幽霊でも見るかのように激しく驚いてこちらを振り返った。
「え、え? もう目が覚めた、の……?」
普段の自信たっぷりの余裕のある態度からは想像もできないほどの狼狽えぶりだ。手に持っていたグラスを乱暴にシンクに戻すと慌ててタオルで手を拭いている。
「なんなんですか。一生目覚めないほうがよかったですか?」
辛うじて憎まれ口はきけたが、やはり恥ずかしくて顔は直視できない。
「いや、そうじゃなくて、あと一日か二日は寝てるものかと……」
「まさか。いくらなんでもそこまで寝汚くないですよ」
笑いながらふと、サイドボードの上の時計が目に入った。
針は九時ちょっと前を指している。
あれ?
俺がここに来たのが午前零時ちょっと前のはず……。外の暗さから考えて朝の九時ということもなさそうだ。
「あの時計狂ってます?」
「あ、いや……。んとさ、遠藤くんがここ来てからちょうど丸一日くらい経つ……」
「へっ?」
霧生さんは気まずそうに頭を掻いている。
――俺、一日中寝てたの?
途端に、家の事や弟達の事、バイトの事とかがわぁっと頭に浮かんだ。
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