ハジマリ

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「ただいま」 薄暗い家の中、返事がないのはいつものことだ。テーブルに置かれたメモ用紙と冷えたコロッケ。両親からのメッセージが書き留められている。¨仕事で遅くなるから夕飯は適当に食べてくれ¨とボールペンで走り書きされていた。ほぼ毎日がこうだ。予想通りの内容に溜息を漏らすと丸めてゴミ箱へ捨てた。白で統一されている以外特徴のない陽一の部屋。制服を脱ぎ机の上にある¨片谷陽一様¨と書かれた小包を開封する。包装紙の中から出てきたモダンなデザインの箱。中にはイヤリング型の受信機と手の平サイズのデバイスが丁寧に入れられていた。取り扱い説明書を読み、イヤリング型の受信機を装着するとデバイスの電源を入れた。 《ようこそ!クロスアンリアルへ!》 音声を受信機が発するのではなく振動が鼓膜を震わせ声を伝える。それはまるで耳元で囁かれているかのような感じだ。これが本物の女性の声なら嬉しいが残念なのは人工的に造られた音声。滑舌は抜群によく、イントネーションも良い。聞き取りやすいのだが感情のないその声はどこか恐ろしくもある。     
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