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寮の前で別れ際、ガイは改めてレンヤと向き合った。
「今日はありがとう」
レンヤの素直なその言葉。
警戒心はすっかり解かれ、ただ無邪気に無防備に笑っている。そっと頬に手を伸ばしても、なんのことやらといった風の顔が愛らしかった。
「キス、してもいいか?」
は、とその時初めて、思い出したようにレンヤは顔色を変えた。しかし、頬に当てられた手を振り払ってはこない。そろそろと顔を近づけると、瞼が閉じられた。
唇が、触れ合う。
合わせたまま、その体温を互いに感じた。唇の柔らかさを、互いに感じた。
それだけで、離した。
顔を離すと、レンヤは意外そうな表情をしていた。そうだろう。昨日はさんざん濃厚なキスを交わしたのだから。
それでも、嬉しそうに頬を染めている。これでいい。まずは、はじめの一歩から。多分これが、普通の手順なんだろうから。
「またな」
「うん」
自分の寮へと登ってゆくレンヤを見送りながら、ガイはやたら照れていた。
男を真面目に1から口説くとか、ありえねえ。
そんなことを考えないでもなかったが、レンヤは可愛すぎた。
キスの時に震えていた、あの肩。手に触れた柔らかな髪。甘い吐息。
俺のものにしたい、どうしても欲しい。見送る時間さえ心地いい。
食いたかったら食う、飲みたかったら飲む、寝たかったら寝る。そんな好き放題に生きてきた中、ガイは初めて待った。レンヤを待つことを始めた。
真面目なレンヤに合わせることは大変だった。
わずかな休憩時間に姿を捜し、見つけたと思えば残り5分。それなら夜にと忍んで行けば、もう寝るからと早々にさよなら。
しかし、そんな事を繰り返すうちに、ガイはレンヤの一日のリズムを把握した。
決められた時刻に食事や修練、講義をこなし、空いた時間は大抵植物園や図書館、温室などあまり人の居ない場所で過ごすことが多いようだった。
「人の多い場所は、落ち着かないから」
そう話すレンヤの表情は硬い。
確かに落ち着かないだろう。人込みに居れば、必ずその美しさに誘われた人間が視線を送ってくる。話しかけてくる。
驚いたのは、結構頻繁にお誘いを受けている点だった。
夕食を一緒の席で摂ろう、だの、休憩時間に遊歩道を散歩しよう、だの、修練後、特訓に付き合ってください、だの。
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