第三章 最悪の初めて

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 拳が空を切る。蹴りが唸りを上げる。  全てをかわす。まるで、舞うように。  ガイは舌打ちした。レンヤとの手合せは苦手だ。相性が悪い、とでも言おうか。  プレッシャーは与えているはずだ。彼の肌は汗ばみ、息を切らせているのだから。だが、決定的な一撃が放てない。紙一重でかわされる。  焦れたガイは、奇襲をかけることにした。  ひときわ大きく鋭く、蹴りを放つ。やはりよけてしまうレンヤ。だが、その着地の瞬間、両脚でそのまま態勢を整えていない体を挟み込み全身で捻った。  いわゆる、蟹挟みという技だ。下半身をとられたレンヤは、そのまま地に倒れた。ガイは、すばやく仰向けのレンヤに馬乗りになった。  後はこのキレイな顔に思いきり拳を!  拳を……。  上気した桜色の肌。荒い呼吸。乱れて頬に張り付いた髪に、熱を帯びて潤んだ眼。  思わず我を忘れて見蕩れてしまったガイの隙を、レンヤは見逃さなかった。両手を重ねて、下から激しい掌打を突き上げた。 「ぐあッ!」  そこまで、と声がかかった。審判を勤めていた指導員がストップをかける。  とたんに周囲から、どよめきがあがった。さすがS級同士の試合だ。見ごたえがある。勉強になる。 「ガイ、お見事。でも、最後の詰めが甘かったな」  そんな事、言われなくても解かってらぁ、と心の中で忌々しくガイは指導員につぶやいた。だが、あの状態でレンヤを上から見下ろせば、誰でもああなってしまうに違いないのだ。  立ち上がり、握手を求めてくるレンヤ。さすがだね、と罪のない言葉をかけながら、手を差し伸べてくる。そっと握ると、柔らかく温かかった。まるで男らしからぬその美しい手。汗の香りすら芳しい。  くらりとくる。体が、今までとは違う熱を帯びる。  この異様な感じの正体を、ガイは知っている。  しかしそれは自分でも認めたくない感情なので、わざと握った手をぱしんと払うと、さっさとその場を後にした。  握手が終わると、周囲はばらけだした。今しがたの試合の興奮を口々に語り合いながら、みな修練場を離れてゆく。血の気の多いものは、その場で体を動かし始める。  ガイも場外へと出てぶらぶら歩き始めたが、体の熱は一向に冷える気配がない。それどころか、どんどん火照っていく心地だ。  欲情、してるんだ。俺は。
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