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路地沿いの家の壁に九尾を預ける。額からは夥しい出血、気を失った彼女の顔は滴る血によって正しく判別することができない程だった。
怒りは無い、この仕事を始めた時から互いに傷付く事は承知していた。何より彼女は容易く死んだりしない。
「……やれやれ、まだまだだな俺も、お前も。」
しかし、それでもしかし。
「傷には傷を、痛みには痛みを、罪には報いを、罰には禍根を――――――」
いっそ折れた方がましだと思えるほど歯を噛み締める。立ち上がり魔性へと向き合った青年は、くるりと回ったそのままに左腕の刃先を石畳に擦りつける。青白い火花によって浮き上がった彼の顔は、酷く虚無に歪んでいた。
スリッピーキラーに凡そ感情と言ったものは無い。だのにその魔性以上に虚ろな目はスリッピーキラーを気圧すものだった。
「――――魔性には、魔を以て誅す」
擡げた左腕に右手を添え、青年はそう呟いた。天に浮く月に切っ先がかかり、朧げな光が縁を優しく照らす。
不意に、建物を縫う風が両者を撫でた。
そして『四肢が根元から斬り落とされた』スリッピーキラーの体だけが残り、その背後直ぐに久遠は立っていた。スリッピーキラーの影に隠れ陰った横顔は、しかし少しの変化も無い。血液の通わない魔性の体は、ただ暗い闇の断面だけを晒し佇んでいた。
「……お前の罪状は、随分と多いようだな」
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