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静謐と漆黒に染まっていた路地は、瞬く間に昼間の様な光度へ変化した。煌々と燃え盛る顔面の炎はやがて消え去り、傷一つなくなった白面の如き顔は鋭い眼光を携え、一歩、また一歩と歩みを進める。スリッピーキラーはその一挙一動に視線が釘付けられていた。その行為にまるで脅威を見出すことができない筈なのに、大男の体は微塵も動く事は無く、視線は青年の存在を忘れるほどであった。
「迦具土式熾天呪告(かぐつちしきしてんじゅつ)――――七十八道」
少女は告げる。災禍と浄化の炎を降ろす言の葉を。
「三尋鬼式死闘術(みひろぎしきしとうじゅつ)――――百十八式」
青年は語る。血脈隆起する程の闘志を示す覚悟を。
スリッピーキラーは気付かなかった。
少女の全てに意識が持っていかれていたことに加え、青年の気配遮断も合わさり完全に辺りの空間と同化していた。だから頭上の青年に気付いた時には、既になにもかも遅かった。
「『月踏(げっとう)』!!」
天高く振り上げられた足は月に重なり、やがてスリッピーキラーの頭蓋を打ち抜いた。
「――――ッッッッッッ!!!!!」
何かが軋み砕ける音が聞こえた。
青年の放った踵落としは、一切のブレもなくただ真っ直ぐにスリッピーキラーを捉えた。
『三尋鬼式死闘術』――――それは物体破壊術のみを追求した格闘術。研鑽された体術を以てその対象をより効率的に、合理的に破壊するに至るまでに文字通り生命を賭けて至ろうとする。そして、この流派の正統後継者の体には『鬼』が埋め込まれる。
贖罪か、はたまた天罰か。それを知る必要はない。
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